早まる時間

軽井沢にて 久しぶりのマイナスイオン
軽井沢にて 久しぶりのマイナスイオン

 

最近時間の経過がやけに早く感じるのはどうも私だけではない

ようです。ついこの間新しい年が明けたと思ったらあれよあれ

よという間に夏が過ぎもう秋がきてすぐに12月そしてまた新

しい年へと。

 

正確な理由は定かではありませんがどうも多くの人がそう感じ

ているようです。(子供の頃と比べてということではなく)

 

話は少し変わりますが、時間といえば2日ほど前に大きなニュ

ースが飛び込んできました。「ニュートリノが光速を越えた。」

これに関してはまだ検証が必要との見解もあるようですが、も

し本当であれば物理学の根底を揺るがす大発見です。

 

アインシュタインの理論によれば光速に近くなると時間はだん

だん遅くなり光速で時間が止まることに。光速を越える物体は

「負の質量」を持つことになり時計は逆に進み、結果から原因

が生まれるというまさにタイムマシンの基礎となるわけです。

 

1995年に描いた絵のタイトルが「マイナスの質量」。実際に

はありえないものとしてつけましたが、しかしなかなかのプラ

ス発想であったと思います。

 

そして先月のニュースでは来年時空の素粒子を求めてアメリカ

で実験が行なわれる予定とのことです。時間や空間はなめらか

なひずみのない連続したものとばかり思っていましたが、量子

力学の素粒子のように最小単位(素空間、素時間)があるらし

いというのです。

 

新たな物理学の発見に非常に興味をそそられますが、私達を取

り巻く時間の概念が大きく変わろうとしています。

 

時間とは何なのか。

 

そもそも日常生活においての時間とはわかりやすくするためごく

ごく狭い範囲において規定した産物にすぎず、逆にあってないよ

うなものとして認識してもおかしくないように思います。

 

思いや意識は簡単に時空を飛び越えどこへでも行く事ができる

わけで、意識自体を時間に組み込むことでがらりと変わり、ま

た肉体の老化という時間も逆行させることが可能ではと思った

りします。

 

話を元ににもどしますが、現在は時間の進み方が早いのでそれ

に対応した姿勢が不可欠になってくるように思います。多分直

観でどんどん物事を進めていかなければ追いついていけないそ

んな時代なのかもしれません。

 

ぼーとして過去や未来に思いを馳せる暇があったら(それも必

要ですが)現在、「今ここに」という時間が止まるくらいの集

中力が要求されている気がします。

 

 

 

 

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コメント: 95
  • #1

    シン (火曜日, 27 9月 2011 17:41)

    常に今までの常識は覆る可能性があると云う事を実証したものですね。科学と言うのは統計学ですからね。97%正確ならば事実となるのが科学。人間が作ったルールだからファジーですね。

  • #2

    丸田 (水曜日, 28 9月 2011 00:51)

    そうですね。昔のことですが、新聞の科学記事に99、何パーセントの確率で正しいことが立証された、とか書かれてあってびっくりしたことがあります。100パーセントではないんだ、そういうものなのだと。
    でも新しい発見のニュースを聞くともうわくわくしてしまうんです。

  • #3

    あほうどり (日曜日, 18 12月 2011 11:33)

    時間経過感覚の変化についてここ数年加速度がついて早くなっている感じがします。
    ニュートリノが光速を超えた実験結果といい、今まで減速膨張と言われてきた宇宙の膨張が
    実は加速膨張していることが判ったことなど考え合わせると、現在われわれが属している空間に
    何か加速度的な変化が起こっているような気がします。
    加速膨張する空間において全ての素粒子が引き伸ばされる現象が、時間経過の早まりという形で
    均衡をとっているように見えます。
    加速膨張は「加速」であるが故、相乗的に影響が出てくるでしょう。今まさにさまざまな物理現象が
    今までの理論との歪みとして表れてきているのでしょうか。

  • #4

    丸田 (火曜日, 20 12月 2011 01:41)

    あほうどりさん、コメントありがとうございます。
    実際の加速膨張は実感できませんがそれがいろいろなところに影響を及ぼしているかもという発想はおもしろいですね。
    しかし加速膨張しているという事自体ものすごいことですね。宇宙の不思議。

  • #5

    あほうどり (金曜日, 20 1月 2012 13:38)

    物理学の発見が目白押しに多くなっていること、地殻変動の周期が加速度的に早くなってきていること、なんとなくエントロピーが加速度的に増大しているように感ずるのは私だけでしょうか。
    人類の文明もここ100年足らずの間に急激に発達してます。特に最近の50年間の文明の進歩は異常です。現代に生きる私たちは古代に生きた人類の何倍の変化を経験しているのでしょうか。人類発生から100万年とも言われていますが、0.01%にあたるたった100年間でそれまでの999900年の歴史的変化の数万倍の変化を経験しているのかもしれません。
    この先の人類に何が待っているのか、楽しみのような怖いような。
    いずれにしても、今地上に生きている我々は全く稀有な時代を生きているのだと思います。もしかすると本当に生きているうちにベテルギウスの超新星爆発に立ち会えるかもしれません。あるいはポールシフトに遭遇するのか。
    でも人類が滅亡するときに居合わせるのは嫌ですが。

  • #6

    丸田 (土曜日, 21 1月 2012 20:10)

     本当に本当に、今まさに加速度的に変化がおきており人類が経験したことのない領域に足を入れていると思います。人口も70億に至り文明もすさまじい進歩です。本当の進歩は精神的進歩以外がないと思いますが、近い将来物理的、精神的に想像を越える変化が訪れるのは間違いない気がします。きっと地球外生命とのコンタクト(多分)から始まり、価値観の転換などなど。
    人類の先を楽しみたい。一緒に楽しみましょう。

  • #7

    あほうどり (金曜日, 27 1月 2012 17:41)

    UFOって何でしょうね?やっぱり人間ではない何かが操縦しているのかな。、私は天体観測が趣味でマンションの屋上に
    天体望遠鏡を出してはいろいろと見ているんですが、昨年秋と、今月初めに明らかに地球上の飛行体ではない飛翔物を
    見ております。去年の秋の物は雲より低いところを北から南へ猛スピードで頭上を通過してゆきました。大きさは高度が
    判らないので正確には言えませんが、直径10mくらいでしょうか。ラグビーボールのような形でした。ほとんど無風だったので気球や風船ではありません。発光はしておらず、地上の明かりで照らされるかたちで見えたようです。
    今年の1月6日は星好きの友人が来ていたので二人で空を見ていると、台形の各角にあたる場所に星にすると2等星の明るさ
    くらいの光が並び移動してゆくのを目撃しました。初めは「あれ、あんなところにこんな星は無いはずなのに」ということでじっと見ていると星空の中をゆっくりと動いているではないですか。光が一つなら人工衛星ということで納得できるのですが、オリオン座の半分くらいもある規則正しい星の並びが移動しているので、二人で「これはおかしいぞ」ということになりました。友人に双眼鏡を渡し、詳しく観察してもらおうとした矢先、その並びのまま進行方向と直角方向に、具体的には南から北に向かって移動していたものが東の方角に一瞬で飛び去りました。もしも人間が乗っていたら乗り物の壁に紙のようになって貼りついてしまうでしょうね。
    まあ宇宙人(あるいは人間ではない何者か)が地球をいつも見張っていることは確かなようですね。彼らのルールでは干渉してはいけないことになっているようです。その意味ではコンタクトの時期が来るかどうかわかりませんが。
    もしかすると「ベテルギウスの爆発が地球生命に及ぼす影響について」なんていうテーマで卒論でも書いている宇宙人の大学生がいるのかもしれません(笑)

  • #8

    丸田 (日曜日, 29 1月 2012 00:48)

    そうですか〜。私はもしかして?というものは見たことがあるのですが、はっきり断定できるような未確認飛行物体は
    残念ながら見たことがありません。そのうち?と思っていますが、、、。実は知りあいの中では見たという経験の人が
    結構いたりします。機が熟した時、そんなに遠くない将来コンタクトの時期がくるのではないでしょうか。(希望)
    すでに公には公表されてない事柄がいっぱいありそうです。地球は注目されていて見守られているようですね。

  • #9

    あほうどり (金曜日, 03 2月 2012 13:49)

    1054年におうし座の中で起こった超新星爆発、昼間でも空に輝いていたという記録が残っています。現在はこの星は直径が10km程度で重さは太陽と同じくらいというパルサーという天体として存在します。1秒間に30回転というスピードで自転しています。爆発によって吹き飛ばされた残骸は現在でも秒速1000kmで拡散しています。これがメシエ1、俗称
    かに星雲です。かに星雲までの距離は約7000光年。ベテルギウスは超新星爆発を起こしたこの天体より遥かに大きな質量を持つと考えられています。更に距離は630光年とかに星雲を作った天体の10分の1以下の近さ、正直ベテルギウスが超新星爆発を起こしたら、地球で何が起こるか想像もできません。
    ある学者の説では明るさは満月の20倍、しばらくの間夜にオリオン座が出ている所は夜が存在しなくなるとも。
    また、強烈なガンマ線にさらされる危険もあるかもしれません。
    もしも古代インカの予言、2012年で暦が終わることによる人類滅亡説の根拠が、太陽系外から飛来した異星人による情報だったとしたら、ベテルギウスの超新星爆発の時期を正確に把握していると考えられます。
    私は家族のためにも、飼っている猫たちのためにも滅亡など真っ平御免こうむりますが、もしも2012年人類滅亡が起こるとしたらベテルギウスの超新星爆発が原因になる可能性が最も高いのではないかと思います。

  • #10

    丸田 (月曜日, 06 2月 2012 00:09)

    ベテルギウスはいつ爆発するか、もうすぐかもしれないし100万年先かもしれないし、わからないようですね。専門家の話に
    よるとガンマー線の脅威にされされることはまずないと言っていますね。光合成にも影響ないようですし、地球に大きな問題は
    ないと考えていいのでは?http://sankei.jp.msn.com/science/news/120105/scn12010508080000-n1.htm(産經新聞
    1月5日ニュース)2012年問題?ですが、私はまったく悲観的に考えていません。大きな変化は心の在り方にあるのだと
    考えています。

  • #11

    あほうどり (月曜日, 06 2月 2012 21:22)

    実は私も悲観的には考えてはいません。心の在り方というのは大切です。心の在り方一つで幸せにも不幸せにもなります。ただ少し心配なのは、報道内容が意図的に操作されていないかという点です。どうも福島第一原発の報道でちょっと懐疑的になってしまったようです。
    2012年問題に関してはミステリー小説のレベルで見ています。ただ近いうちに何かが大きく変わるような予感がします。人類は末永く繁栄してゆくために、「心の在り方」をシフトしなければならないように思います。
    天文ファンとしてはベテルギウスの超新星爆発は見てみたいです。が、オリオン座が欠けてしまうのはちょっとさみしい気もします。地味な天文現象の中では驚くほど派手なイベントですからそれでも見てみたいですね。

  • #12

    丸田 (水曜日, 08 2月 2012 00:52)

    そうですね、情報操作的なこと、設定状況による誤差等々もしかしたらと思ってしまいますよね。今地球の波動が上がってきているという話はそこここで聞いていますが、いい方向に向かうことを願っています。2012年ってだいぶ先だと思っていたのにいつのまにかもう今現在ですから時間は進みますね。
    ベテルギウスの超新星爆発は見てみたいですね! もし起こったら本当にまれにしかお目にかかれない天体ショーですね。

  • #13

    あほうどり (水曜日, 08 2月 2012 22:02)

    至近距離での超巨星の超新星爆発なんて誰も経験したことありませんから、見てみたいものです。25光年以内は焼き尽くされるエネルギーとはどんなものでしょうか。数百万光年かなたの銀河からも明確に確認できるでしょう。630光年離れた地球でもさまざまなインパクトがあるでしょうね。15年前から続く今回のベテルギウスの加速収縮が止まり膨張に転じれば爆発はしばらく猶予期間ができるでしょうね。このまま収縮すると近いうちに重力崩壊が目の当たりに出来るかも。天文ファンとしては期待してしまいます。
    貴姉がおっしゃる「心の在り方」「地球の波動」はとても密接な関係にあると思います。地球に生きる生命も地球の一部なんだと思います。地球も広い意味での生命体ではないでしょうか。太陽系にも太陽系の意思があり、太陽系の生みの親である銀河系にも銀河系としての意思があるように思います。人間の意識もあるいは無意識も、もちろん人間だけではありませんが、皆同じ価値観を持っているように思います。
    人間はたまたま知恵を持っているのでわかりにくいですが、動物は一貫した価値観で生きています。無駄な殺し合いはしないし、基本的に自分が生存できる環境では限りなく優しいです。私自身の「心の在り方」はここらへんに置けたらよいのではないかと思っています。

  • #14

    丸田 (木曜日, 09 2月 2012 01:38)

    さすが天体ファンだけあってくわしいですね。
    地球も一つの生命体、その通りだと思います。それを支えているのは私達人類でしょうか。
    そして動物、彼らは本当に人間より真っすぐに素直に生きてるような気がします。人間の持つ5つの感覚以外の感覚でいろんな事を認識し、知り得ない情報をたくさん持ってるかもしれませんね。

  • #15

    あほうどり (水曜日, 15 2月 2012 21:58)

    今私の膝の上に猫がいます。名前はポー、真っ黒な4歳の男の子。彼は愛情をエネルギーにして生きています。
    愛されることで家族を癒しています。
    充足を知らず、貪欲に自分の利益ばかりを追っている人間なんかよりずっと魂の次元が上です。
    動物はたいてい人間よりも素敵な生き方をしていると僕はいつも感じます。
    日々命をつなぐ食事ができて、周りの生き物とうまくやれて、安心して眠れる場所と信頼できる家族がいれば
    それ以上は望みません。
    僕には到底まねはできません。
    だから猫たちは僕の先生です。

  • #16

    あほうどり (土曜日, 18 2月 2012 11:24)

    金星の自転速度がわずか16年の間に6.5分も遅くなっていることが、観測衛星と地上からの観測結果からわかりました。
    これはいったいどのように解釈すればよいのでしょうか。
    いったい何が起こっているのでしょうか。

  • #17

    丸田 (日曜日, 19 2月 2012 23:49)

    う〜ん、金星の自転速度が遅くなっているそうですが、それはどういうことなんでしょう。本当に疑問ですね。地球は変わらないですよね。
    猫がいつも近くにいるようでほほえましいかんじです。私のところには昔わんこがいましたが亡くなりました。思い出しただけで体が熱くなります。人間も動物もまったく一緒の生き物であるということを教えてくれました。

  • #18

    あほうどり (月曜日, 27 2月 2012 12:41)

    地球の自転速度もほんのわずかですが遅くなったと聞いてます。でも精密な測定装置でないと測れないほどとか。原因はスマトラ島沖地震と東日本三陸沖地震だそうです。
    だけど不思議ですね。地球の自転によってジェット気流が起こり、その摩擦で自転にブレーキがかかっているはずなのに、自転や公転はまるで意思があるかのように変わりません。太陽系は精密な時計のように運動していますが、動かしている「電池」は何なのでしょうか。おそらく重力がカギを握っているようです。しかし重力という力についてはほとんどわかっていないようですしコントロールもできません。
    猫の超能力も不思議です。以前飼っていたビーコという猫は、私が帰宅する15~20分前になると家人にねだりドアを開けてもらって門柱の上で私を待っていました。帰宅時間はまちまちだったので家人はビーコがドアを開けるようにねだると、ご飯を作り始めたそうです。自宅の門柱の上にビーコが必ず待っているのでいつも不思議に思っていました。この子は20年生きて天に召されました。

  • #19

    丸田 (木曜日, 01 3月 2012 23:49)

    ほんとに重力は宇宙の秘密のカギをにぎっているようです。わからないことは山ほどありますね。人の体は簡単に5次元に移行できませんが、ただひとつ行き来が自由にできるのが重力だという話を聞きました。
    そして動物はテレパシーのような能力をそなえていてすごいです、ほんとに。

  • #20

    あほうどり」 (木曜日, 08 3月 2012 12:17)

    マイナスの重力が宇宙の物質を生み出したと何かの本に書いてありました。これも極微細な網の目で出来ているらしい我々の住む「宇宙の入れ物」を通り抜けることが出来る重力の得意技かもしれませんね。物質は重力に姿を変えて次元を行き来しているようです。重力は極限まで増大するとブラックホールという形で我々の宇宙に穴をあけて他の宇宙と通じてしまう。ブラックホールに吸い込まれると物質は重力と同じものになり、「この世」を通り抜けて「あの世」に運ばれ、違う物質として形成されるのかもしれません。回転するブラックホールは赤道面から「この世」の物質を吸い込み自転軸方向から「あの世」の物質を吐き出しているのではないでしょうか。
    ビッグバーンは「無」の一点から噴き出した重力の噴出。こう考えることが自然なような気がします。重力の素粒子が発見され、コントロール出来るようになることがはたしてあるのでしょうか。

    話は180度変わりますが、私はユーチューブに歌をアップしています。「小さなパラダイス」で検索いただくと一人のリーダー(小さなパラダイス江ノ電ジオラマ製作者akihideーishii)が中心となり3つのユニットがコラボレーションしてアップしている多くの楽曲がヒットします。その中の「祭りの花を買いに行く」など数曲を歌っております。もしも音楽がお好きなら聞いてみてください。

  • #21

    丸田 (水曜日, 14 3月 2012 12:28)

    宇宙や重力の話は謎が多いだけにわくわくしますね。重力に限らず実際いわゆる科学という範疇においてわかっているのはまだまだわずかな気がしますが解明されるたびに驚きと興味が混ざって聞き入ってしまいます。幽体離脱や意識が別次元にいくことができるのは重力とか関係しているのでしょうか。
    ユーチューブの楽曲聞く事ができました。科学にくわしいだけでなく歌も歌っていらしたとは。ほのぼのとしたノスタルジックが満ちていて素敵でした。ジオラマの制作も見事ですね。
    ちなみに私は学生時代軽音学部でバンドをくんでいました。

  • #22

    鈴木聡 (木曜日, 15 3月 2012 09:47)

    祭りの花を買いに行く お聴きいただきありがとうございます。私たちのバンドは中学で気の合った同級生で始めました。
    結成して四十数年になります。といっても常に活動しているわけではなく、数年に一度思い出したように集まっては気ままに音楽を楽しんでいます。
    ジオラマはリーダーのショウエイこと石井彰英が2年かけて制作したものですが、縁あって一昨年江ノ島電鉄に寄贈することになり、現在は江ノ電江ノ島駅構内に恒久展示してあります。機会があったらご覧ください。歌も私は一番へたっぴ(笑)。ボーカルのYOSHIMIーKが素敵なものをたくさんアップしているので聴いてください。

    科学に関しては特に物理学に関しては少しの知識しかありません。専門は生物学でした。ほとんどは空想の世界です。でもあれこれ思いを巡らせることは楽しいですね。今一番気になるのはヒッグス粒子についてです。

  • #23

    丸田 (土曜日, 17 3月 2012 01:41)

    そうでしたか〜。いいですね、ずっと継続して音楽を楽しんでる仲間がいるのはすばらしい! 生物学ですか。生物学もめちゃくちゃおもしろいですよね。ってそんな知識がたくさんあるわけではないですが。そしてヒッグス粒子!!

  • #24

    あほうどり (月曜日, 19 3月 2012 19:54)

    ヒッグス粒子って質量を作った粒子って言いますが、なかなか難解ですね。その粒子を検出するって?その粒子が抜けると質量がなくなってしまうのかな。人類はまたまたとんでもない兵器の開発に利用しなきゃいいですが。

  • #25

    丸田 (火曜日, 20 3月 2012 01:56)

    神の粒子と言われて40年物理学者が探し続けていたんだそうですね。質量からこの粒子を除くと光速で高速で?移動できるんでしょうか?人間って何か発明すると必ず使ってみたくなるようでいままでの歴史がずっとそうでした。これからはおろかな行為をしないよう祈るばかりです。

  • #26

    あほうどり (火曜日, 20 3月 2012 21:06)

    私の家には猫がいなかったことがありません。ものごごろついた時から。ちる、ごま、くろ、ちーこ、ぴーこ、みけた、ぎー、たまこ、どん、たけ、こたろう、がんば、じんざ、あかべえ、まるた、びーこ、みーにゃ、ぽー。純真、無垢、無邪気、正直、無欲、信頼、優しさ、そして命の尊さ。みな彼らが教えてくれました。我が家で生まれた命もいくつかいます。そしてほとんどの猫たちを看取ってきました。私の子供たちも猫が添い寝して育ちました。猫たちは別れの悲しみから立ち直る強さも教えてくれました。
    命って発生してから何億年もの間一度も途切れなかったから今生まれてくるんですよ。だからこの世に生まれた命で尊くない命なんて一つもないのです。その命を自分の利益のためや、勝手にこじつけた主義主張あるいは宗教のために平気で奪う人間って他の生き物から尊敬どころか憐れみの目で見られているでしょうね。
    地球外の知的生命体はどんな目で見ているのでしょうか。人はアダムとイブがリンゴを食べる以前には戻れないのでしょうか。ちなみに今までの猫たちでリンゴを食べる子はいませんでした。

  • #27

    丸田 (日曜日, 25 3月 2012 19:04)

    東京に行っていたため遅くなりました。ものすごい猫ちゃん達の数、本当に猫好きなのがよくわかります。動物達から教えられることはたくさんありますね。ワンコがいた時もそれをすごく感じました。今は庭に奥深くに眠っています。といってもだいぶ前なので天国にいるでしょうか。個人個人でなく多くの人のかたまりが強いエネルギーを呼び込むというか地球人全体の問題として上がっていかなくてはいけないような気がします。

  • #28

    あほうどり (水曜日, 28 3月 2012 23:16)

    東京にいらしていたんですね。私は品川区の住人なので近くに来ていたんですね。
    我が家では代々の猫たち(ワンコもいましたが)自宅の庭に埋葬していました。が、その家も相続税支払いのため今はありません。現在は自宅があった場所に近いマンション暮らしです。
    猫たちはマンションが自分の世界の全てです。それはそれで幸せそうです。第一蚤にたかられないのは、猫にも人にも良いこと。
    寄生虫の心配もありません。
    猫や犬も一生の長さは人間のそれと同じに感じるといいます。心理的な時間も不思議ですね。

  • #29

    丸田 (金曜日, 06 4月 2012 01:19)

    今度はNYに一週間ほど行っていたので遅くなりました。そうですか、品川にお住まいでしたか。
    一生の長さが動物も同じに感じるのですね。一生って結構あると思っていたらもうここまできてしまっているので早いものですね。一日一日大切に生きなくては。そういえば話は飛びますが、マヤの人達はあれほど天文学にたけていてそしてなぜか急に滅びてしまったという不思議な存在ですね。地球上に不思議は山程ありますが、、。

  • #30

    あほうどり (水曜日, 11 4月 2012 19:37)

    NYでしたか。NYはブラジルに行った時のトランジットで空港に2時間ほどいただけで行ったことはありません。当時はまだサンパウロへのJALの直行便がありました。
    現在は自営で細々とアガリクスなる茸の健康食品を販売している身なので、国内線に乗ることもなくなりました。
    考えてみれば勤め人だった頃、出張であちらこちらに行かせてもらってましたが、自費で行くと大変な費用がかかることが判りました。今更ながら企業に感謝です。
    不思議といえば地球も大規模な変動期に入ったようです。日本近海のプレートも今日のスマトラ沖M8.7の地震に連動しなければよいのですが。他にもチリ沖、カリフォルニアのサンアンドレアス断層もかなり危険な状態です。
    私も安全な場所に逃げたいのですが、猫を置いてはいかれません。

  • #31

    丸田 (金曜日, 13 4月 2012 00:24)

    今は自営でやっていらっしゃるのですね。
    地震はいつどこでおきてもおかしくないですし、それこそ日本は地震大国ですから本当にいつかわかりませんね。でも何か人々の意識すべてが何らかのかたちで関与してる気もしますね。

  • #32

    あほうどり (木曜日, 19 4月 2012 00:21)

    意識という波動はあるようですね。強い思念が人間に影響を及ぼすことは経験上明らかです。恨みや妬みという波動は相手も不幸にしますがそれ以上に自分自身が不幸になります。思いやりや慈しみの心は周りを幸せにすると同時に自分自身を幸せに導いてくれます。
    昔から多くの修行僧が声を合わせて念仏を唱えるということはどの国でもどの宗教でも共通しています。
    長年の経験から生まれたものに意味のないものはありません。
    世界中の霊能者が地球に災いをもたらすという(根拠はわかりませんが)エレニン彗星に「消えろ」という共通の思念を送ったそうです。その結果昨年秋にこの彗星は消滅しました。偶然といえば偶然ですが、消滅する前からこの話を聞いていた私としては不思議でなりません。

  • #33

    丸田 (土曜日, 21 4月 2012 01:06)

    エレニン彗星の話、すごいですね。そんなことがあったとは知らなかった。
    最近読んだ本にニールドナルドウオルシュの「神との対話」という世界的ベストセラーの本があります。だいぶ前に本屋さんで見かけたことはあったもののまたよくある精神世界の本かなくらいに思っていたのですが、これが読んでみて本当にわかりやすく納得することが多くて何故もっと早く読まなかったかと思ったくらいです。そこにやはり思考、言葉、行為という創造のプロセス段階のことが書かれてありました。まさにその最初の段階の思考はエネルギーを宇宙に放出すると。言葉はまた波動のレベルが違うしそうやって実在の要素が創られる。
    そういえば太陽の磁気が北極だけ変わって多重極化され寒冷化するようですがどの程度地球に影響があるのでしょうか。

  • #34

    あほうどり (火曜日, 24 4月 2012 22:35)

    なにやら太陽にも意思があるかのような現象が見えますね。太陽の動向は非常に気になります。地球は太陽の分身ですからいろいろと影響があるでしょうね。小氷河期の訪れが近いのでしょうか。毎年夏になると冬が恋しくなり、冬になると夏が恋しくなる私などは氷河期になったらどうなってしまうのか。夏を夢見ながら死んでゆくのは嫌ですね。
    松山猛作詞、加藤和彦作曲「不思議な日」の冬を歌った一節、「眠りはいつも温かいもの、雪はおどけて街を隠した、不思議な冬の日」。雪はとても冷たいのですが、心にはとても温かい記憶があるのは不思議です。温かさは寒さがあるからわかるもの。宇宙の意思は思い上がった人間に「感謝の心」を教えようとしているのかもしれません。

  • #35

    丸田 (金曜日, 27 4月 2012 01:00)

    春夏秋冬いつものように春がきて夏がきてとだれもが思っているし今までそうでしたから、もしこれがそうならなくなったら大変なことですね。夏に雪がなんてことが起こったりして。最近の気象状況を見ているとまだまだ想定範囲内ですが何が起こるかわかりません。人間がやりたいようにやってきたおごりがあちこちに影響しているのかもしれませんね。

  • #36

    あほうどり (金曜日, 23 11月 2012 21:00)

    今年もあっという間に年の瀬です。今年の12月21日に文明は最終局面を迎えるという説を唱える人もいますが、それにしては静かですね。
    私を含めて関心は政治でしょうか。最近は日本共産党の言うことが一番まともに思えてきました。
    共産党って名前やめればいいのにと思います。働く国民の党とかね。
    自民党は自衛隊を軍隊にしたいみたいだし、いっそのこと自民が政権を取ったら石破さんを防衛大臣にして「地球防衛軍」にしたらいいんじゃないでしょうか。石原さんが間違って総理大臣になったら徴兵制を復活させそうだし。右傾傾向が強まっているみたい。
    争いからは良いものは生まれないような気がします。でも力を持っていないとチンピラ国家に絡まれそうだし、それを理由に軍事力を強化すると我々庶民の生活はさらに苦しくなるし。
    時間の流れは速くなっているというより、世界の経済の流れが速くなりすぎていて、武蔵のペースで生きていてはついてゆけないのかもしれません。

  • #37

    丸田 (日曜日, 25 11月 2012 00:54)

    久しぶりのコメントありがとうございます!  本当に今年もあとわずかですね。12月21日からどのように変化するのか多分表面的にはほとんど変わりなく過ぎていくのかもしれません。ちまたではほとんどそんな話題は出てこないですね。          政治はなんだか極右の物騒なことを言う方々が多くなってきているような、方向は反対だろうにと思ってしまいます。日本はどこに向かおうとしているのか、、。  自然も政治も経済もがたがたと大きく揺れながら調整されていくのでしょうか。

  • #38

    あほうどり (火曜日, 27 11月 2012 22:38)

    私たち生命は母なる地球あっての存在であることを忘れてはいけません。生態系を育んだ地球もまた生命体であると確信しています。母が子を差別しないように地球もまた地上に生きる生命を平等に感じているとしたら、親に反抗ばかりする人間をも慈しんでくれているのでしょうか。否、人類は何かの目的のため十字架を背負う運命を持って繁栄をもたらされた種ではないのか。
    全て是必然であるならばたったの100年余りの、地球の歴史の中では一瞬の瞬きにも満たぬ短い時間に凝縮された人類の繁栄とはいったい何を意味するのか。
    必然であるなら母なる地球は私たちに何を望んでいるのか。
    この世に神が存在するならそれは宇宙の摂理に他ならぬと考えます。
    地球はある意思を持って人類に英知を与えた。現代に見られる驚異的な加速度的発展の速度は将来の一点を射止めるために放たれた矢の様ではありませんか。
    地球の、あるいは宇宙の意思はこれから確実に起こる危機的事象を明確に予見している。
    人類の急激な進化はこの決定的な危機から地球の生態系を守り、存続させるために起こっていることではないのでしょうか。
    時間の流れが速くなっているように感じることから発した思考の結論は、実は同じ長さの時間に含まれる変化量の加速度的な増加というパラドックスに帰着してしまいました。
    ただ私が確信していることは、この現象には必ず意味あるいは意思があるということです。
    いったい我々を待ち受けている試練とは何なのでしょうか。おそらくは神のみぞ知ることなのでしょう。

  • #39

    丸田 (木曜日, 29 11月 2012 01:51)

    動物、植物、鉱物、大地、山、、、自然のすべてに生命がやどっている、もちろん母なる地球もひとつの生命体であると思います。調整をとるために大きな変化も出てくるでしょう。大地、海がこれだけ汚染され続けてきた。人間の行為によって生態系もくずれてきた。人類が進化するにはそれぞれの思考、心の在り方が大きく関わってくると思います。その力は決して小さいものではなくその人数が多ければ多いほど強靭なパワーとなって作用していくでしょう。我々の思いが宇宙の意思を創っていくと思います。
    ネイティブアメリカンの言葉にはとてもいい言葉がいっぱいあります。

  • #40

    あほうどり (木曜日, 06 12月 2012 19:31)

    ネイティブアメリカン、アボリジニ、アイヌ、イヌイット、それぞれ素晴らしい文化を育んだ人たちです。世界のあらゆる情報が、過去から現代に至るまで手に入る私たちの環境とは全く別次元の世界で世代を重ねてきた彼らの思考はどのようなものだったのでしょうか。
    自然の中に身を置き生きることで、自らが自然に対していかに小さな存在であるかを身を持って理解し、恐れ、感謝し、自然から学び、身をゆだねて無駄に抗わず、そして恵みをいただいて謙虚に生きてきたのだと思います。
    私にはそれを教えてくれるネイティブの友人はいませんが、人生を共に暮らしてきた猫たちから、現代人が失ってしまった多くの事を学びました。
    生きることも、また、死ぬことも自然にゆだねるほうが幸せなのかもしれません。
    自分の足で行ける範囲を生活の場として、無駄なものは買わず、食べ過ぎず、不要に争わず、そうです。まるでお坊さんのような生活。
    修行の足りない私には出来そうもありませんが(笑)

  • #41

    丸田 (火曜日, 11 12月 2012 01:42)

    実はウイルス性胃腸炎にかかりちょっと大変でしたが回復してきました。先住民の代々受け繋がれてきた大きな遺産はそのこころなんだと思います。自然の中で自然と共に暮らしてきた知恵や考え方は今の私達に気がつかねばならないことを沢山教えてくれます。
    ー死はとても神聖なものであるー。いい言葉がいっぱいあるのですがまた調べておきますね。

  • #42

    あほうどり (金曜日, 21 12月 2012 14:48)

    それは災難でした。ノロウイルスが大流行していますがそいつにやられたのでしょうか。このウイルスはアルコールにも耐え、胃酸もものともせず、ほんの少しの数でも発病の危険があります。まさにウイルス界の特殊部隊です。まれには乾燥して空気中に舞い上がったウイルスによる感染もあるようですが、ほとんどの場合手に付着したウイルスが口に運ばれて感染するケース、汚染されたタオルなどから感染するケースがほとんどです。とにかくまめに手洗いをすることが予防に役立ちます。
    あとは生ガキによる中毒が怖いですね。小型球形ウイルスによる胃腸炎です。カキがいくら新鮮でも生育環境の海水にこのウイルスが存在しているとカキの体内に蓄積され、このカキを生で食べることで感染発症します。私もかつて一度苦しい思いをさせられました。
    昔の賢人は経験的にカキを生で食べたりはしなかったのではないでしょうか。
    そして昔の冒険者達はカキを生で食べては苦しみ、フグを焼いて食べては死に、煮て食べては死に、生で食べては死に、テトロドトキシンは生でも加熱しても人を殺すことを学んだのでしょう。
    そしてフグには中る種類と中らない種類があること、食べても中らない部分と中る部分があることを命に代えて後世に知識として残してゆきました。
    これも人間の性なのでしょうね。
    野生の動物も茸を食べますが、毒キノコに中って死んだ鹿や猪は聞いたことがありません。フグを食べて土左衛門になったペンギンやアシカはいるのでしょうか。
    人間はフグが毒を持っていると知らない人はきっと空腹になって釣りをしてフグが釣れたら食べてしまうような気がします。動物たちはなぜ食べても良いものと食べてはいけないものを見分けられるのでしょうか。不思議でなりません。

  • #43

    丸田 (月曜日, 31 12月 2012 02:14)

    ご無沙汰です。上海に行って展覧会があったもので遅くなりましてすみません。この前かかったのは多分ノロではないと思うのですが、熱もでなかったし医者はウイルス性胃腸炎でしょうと言ってました。生カキは食べなかったし食中毒はちょっと考えられないのでなにかのウイルスでしょうか。最初は液体しか口に入れられない状態でした。
    動物は食べていいものとそうでないものとちゃんとわかるというのは不思議ですね。何らかの方法で伝えているのでしょうか。
    話変わって、ネイティブアメリカンの言葉でこんなものが「他の生き物達のために私達が尊敬を表す時彼らもまた私達への尊敬でこたえる。」「我々にとっては全生活がスピリチュアル、朝起きてから夜眠りにつくまでが。」「笑顔が神聖なものであり、みんなと分けあうべきものであることをいかなる時も忘れてはならない。」、、、などなど。

  • #44

    あほうどり (月曜日, 25 2月 2013 22:57)

    すっかりご無沙汰してしまって。申し訳ありませんでした。日常の些事に追われておりまして。全く社交辞令の言い訳見え見えですが。昨年末からマリッジブルー?かな。娘の縁談がまとまりまして、その相手がなかなかいいやつなんですね。
    娘は私が猫と同じくらい可愛がっておりましたのでいろいろと思い出しては物思いにふけったりしておりました。
    まあそんなわけでようやく気持ちの整理がついた次第です。
    ウイルスは小型球形ウイルスかも知れませんね。ウイルスから体を守る免疫は毎日作られるがん細胞を日々片づけている免疫と共通な種類でして、副交感神経優位の状態で活性します。極度なストレスを受けたり忙しくて寝不足になったりすると自律神経のバランスが交感神経優位に傾いてしまうので、がんを発症しやすくなったり帯状疱疹などウイルスに起因する疾病にかかりやすくなるようです。当然インフルエンザを初めとするいわゆる風邪をひきやすくなったり、今回のように原因に心当たりがないウイルス性の胃腸炎を発症するということは、働き過ぎ?何か解決が難しい悩みを抱えている?と考えてしまいます。まあ本人にとっては「余計なお世話」と思われるので健康を回復されたならそれで良しなんですが。
    ちなみに帯状疱疹は水ぼうそうを経験した人なら誰でも発症する可能性を持つ病気です。水ぼうそう回復後も原因となるヘルペスウイルスは神経節の中で待機しています。健康な状態では彼らは意をひそめていますが、一度マクロファージ活性が低下したと見るや、水疱瘡の二次的な発症として帯状疱疹を引き起こします。一時的な免疫低下であれば2週間ほどで回復しますが基礎免疫の低下した状況下では重症化し、一生引きずる神経痛を後遺症として残すこともあります。
    逆に言うと帯状疱疹を重症化させてしまう免疫状態の時にはがん細胞もうまく処理できないので、その後に癌の発症を見るケースが少なくありません。
    ごめんなさい。なんか私の仕事の話になってしまいました。ちょっと方向転換。
    よく「病魔」などといいますが、医学は偏狭的な科学で凝り固まった世界なので、こんなことは認めませんが、確かにそれはあります。人間の精神に何者かが常にストレスをかけ続けることで免疫低下から病気を引き起こします。この原因が現実世界の存在であることもあれば、霊的なこともあります。友人で今はある大学病院で小児科医をしている女性がいますが、彼女はインターン時代精神科医を目指していました。ところが彼女はいわゆる霊能力の持ち主で、精神科を訪れる患者の約半数は霊的障害による患者だったそうです。まさか医者が「除霊しなさい」ともいえないので小児科に転向しました。精神科の病気の半分は薬では絶対に治らないといっていました。私も同感です。
    不眠症の人は楽しいことでとことん体を使って肉体的にへとへとになり、精神的に満足すること。これによって心行くまで眠ることです。医者は商売ですからすぐに眠剤に頼る方向に持ってゆきますが、ほとんどの場合根本的な解決になりません。
    今の時代、しっかりとした知識と人間としての良識を備え、更にシャーマン的な要素も持ち合わせた医師が必要なのかもしれません。
    今日はなぜこんなことを書き込んでいるのか自分でもよくわかりませんが、何かの役に立てば幸いです。

  • #45

    丸田 (水曜日, 27 2月 2013 20:15)

    久しぶりの書き込みありがとうございました。娘さんの縁談が決まったそうでよかったですね。おめでとうございます。お相手の方との初めての対面の時はどんな感じなのか父親としてはさぞ複雑な思いなのではとお察し申し上げます。猫と同じくらい可愛がっておられたとのこと、、、。人生の経験の1つとして結婚していろんな感情を味わえるのは幸福なことと思います。父親としての感情もですね。
    ウイルスのこといろいろご説明くださって、、亡くなった父のことを思い出しました。癌でしたが最後帯状疱疹にもなって、考えてみると何年か前にも帯状疱疹をやったような記憶が。
    ご友人の小児科医の話はおもしろいですね。そんなに高い確率で霊的障害が作用していたとはという感じです。最近はうつの患者さんが多いのでいろんな要因がからんでとは思うのですが総合的なアプローチが必要だと思います。食べ物なんかもかなり関係してるような気がします。

  • #46

    あほうどり (土曜日, 02 3月 2013 22:32)

    ウイルスについてはもっとも下等な生物であるという説と最も進化した生物であるという説があります。レトロウイルスの場合は遺伝子が変異するスピードが人間の100万倍ともいわれます。つまりヒトが100万年かかって進化するところ僅か1年で成し遂げてしまうということで、これからも手を変え品を変え攻撃してくるでしょうね。
    今最も恐れられているウイルスは新型インフルエンザH5N1です。インフルエンザウイルスは元々鳥類の腸管に感染するウイルスです。永い永い時間をかけて鳥類とは比較的仲良く暮らせる関係を築いてきたインフルエンザですが、H5N1型のウイルスは非常に毒性が強く(ウイルスの毒性の強さとはより多くの器官の細胞に感染する能力を持っているということですが)鳥類にとっても致命的な毒性を発揮するようです。本来は人間には感染できないウイルスですが、ヒトのウイルスにも鳥のウイルスにも共通して感染するブタの体内でヒトにも感染できるウイルスに変異するようです。
    新型のインフルエンザが広まるとき、発生源となる地域は家禽類と家畜の豚と人間が同じ環境で生活している所がほとんどです。初めは鳥類同志でしか感染できなかったH5N1インフルエンザが豚の体内でヒトにも感染出来るように変異し、更にヒトからヒトに感染出来るものに変異しているのが現在の状況です。
    このウイルスからは必ず強い感染力を持つタイプが出現してきます。致死率60%以上というH5N1ウイルスが毎年流行するインフルエンザのような感染力を持ってしまったらと思うとぞっとします。
    もしもどこかで新型インフルエンザの感染拡大が発生したら(おそらく中国南部か東南アジア、特にインドネシアあたりと思われますが)感染者の侵入は水際で防ぐことは可能でしょう。その意味では島国である日本は防疫に有利といえます。しかし感染した渡り鳥を防ぐ手立てはありません。複数の鳥の死骸を見つけたら近寄らずに保健所に通報してください。もしかしたらヒトに感染するインフルエンザウイルスに感染しているかも知れないからです。
    私達はタミフルやリレンザ等の抗ウイルス薬を十分に備蓄しておくこと。新型インフルエンザに有効なワクチンを一日も早く開発、生産することに力を注がなくてはなりません。
    あとは変異したウイルスの潜伏期間が短いことを祈るだけです。感染した旅行者が日本に着く前に発症すれば入国を止められます。感染した渡り鳥が日本にたどり着く前に発症してくれれば途中で堕ちるでしょう。
    もちろん日本人だけが安全なら良いというわけではありませんが、日本という場所は実際の人口密度の高さはもちろんの事、発達した交通網により、もしも感染が広がればパンデミックを起こすことは必然です。
    疑心暗鬼に陥った日本人は本物の感染者もただの風邪の患者もあるいは何でもない人も病院に殺到し、対応不能に陥った病院が最も危険な感染場所になるのではないかと思います。
    新型インフルエンザ国内発生のニュースが報じられたら先ずは家族を家に集めて外出しないことです。
    少し大げさに聞こえたかもしれませんが、新型インフルエンザの流行は起こるか起こらないかではなく、いつ起こるかのレベルの話です。
    福島原発の更なるトラブルによる放射性物質の拡散、首都直下地震によるインフラの停止、富士山噴火の火山灰による都市機能の停止。などが発生した場合にも2週間程度は家族が家に立てこもれるだけの食料と飲料水の備蓄を我が家ではしております。
    ちなみにとても心配性な私は昔から移動手段はバイクか車を利用することが多いのですが(都内の電車は人身事故が多くその度にあわてるのが嫌なので)、2年前の3月11日は自宅から約30km離れた横浜みなとみらいに行っておりました。バイクで行っていたおかげで30kmの道のりを1時間で帰ることが出来ました。あの時ほどバイクに感謝したことはありませんでした。

  • #47

    丸田 (月曜日, 04 3月 2013 01:31)

    ウイルス情報ありがとうございます。新型インフルエンザウイルスはすごいですね。最初鳥から人間には絶対うつらないと言っていたのに結局変異して人間にもうつってきているのですから。
    2年くらい前にタミフルの全世界の使用量の6割だか7割が日本で使われているという発表がありましたがこれはいかがなものかと思いました。少しでもいいとなるとこぞって医者が使うという世界でもめずらしい国なのかもしれませんね。ただの風邪に抗生物質を出しすぎるのも日本の特徴のようです。
    ちゃんと水と食料の備蓄とかしていらっしゃっるのですね。見習わなければ。
    なにかあった時のバイクも移動には便利なのですね。

  • #48

    あほうどり (木曜日, 07 3月 2013 12:20)

    ロシアの隕石とUFO
    隕石落下によって怪我をされたロシアの方々には申しわけありませんが、天文ファンの私としては生きているうちにこのような天文ショーが見られたことはとても幸運だと思っております。そして東日本大震災の時もそうでしたが、記録が映像で残せる時代に生きていたことでいろいろな自然のメカニズムを自分の目で見ることが出来る。これは凄いことです。
    ところで最近話題になった隕石UFO撃墜説の元となった映像はいったい何なんでしょうね。あの映像がねつ造でないとすると明らかに不自然な動きをする物体が隕石に接近、あるいは接触した瞬間に隕石が爆発しているように見えます。その後爆発した隕石から離脱する飛行体は何者?
    私はUFO≒異星人の乗り物ということは信じていません。が、それではいったいあの飛行体は何なのでしょうね。私自身過去に3回目撃しています。初めて見たのは熱海の海岸でした。海に近いホテルで会社の社員総会があり会議終了後温泉につかった後同僚と砂浜を散歩中の事。星がよく見えるので、「あれが白鳥座のベガで」などと説明しながら歩いていると星がふっと消えました。目が慣れてくると星を隠しながら移動する満月の2倍ほどの大きさの円形の物が確認できました。光は全く発してなく、地上の明かりを受けて灰色の円盤状に見えていました。やがて雲に差し掛かると雲の裏側に隠れたのでかなり大きなものであることが判りました。雲の反対側から出た瞬間直角方向にスーと加速し一瞬で飛び去ってゆきました。同僚と二人顔を見合わせてしまいました。
    2回目は自宅マンションの屋上で、これはかなり小さいものでおそらく長径が2m位のラグビーボール状の飛行体でした。時間は夜の9時ころ。自分では光を出していませんでした。頭上50m位の低空を北から南に向かってかなりのスピードで通過してゆきました。ほとんど無風だったので風船の類とは考えにくいものでした。
    3回目も屋上で目撃。天文好きのT君と星を双眼鏡で見ていたときでした。ふたご座にカストルとボルックスという2等星があるのですが、丁度この星の並びと同じような間隔で2つの2等星が見えたのですが、これがふたご座の位置とは全く違う場所。しかもゆっくりと移動しています。並行して移動する二つの光の後方に更に幅の広い2つの光もありました。大きな台形の4点が光って移動する感じです。南から北に10秒ほど移動したのち東の方向に直角に飛び去りました。正確には飛び去ったというより光が直角方向に流れて4つとも一瞬で消えました。我が家は羽田空港に比較的近く飛行機が飛ぶ姿はよく見えますが、この飛行体は大きさが飛行機とは比較にならないほど大きかったです。
    そんな具合に今の人間の科学技術では作れそうもない飛び方をするものがあることは体験として認めざるを得ないのですが、いったい何者が作って何者が飛ばしているんでしょうね。
    宇宙人?あるかもしれませんね。さっきは信じないと書いておいて、今少し考えが変わりました。太陽系から最も近い恒星はケンタウルス座のα星、アルファケンタウリといいますが、距離は4,3光年。光の速さで4.3年かかる距離です。もしも我々に長時間重力加速度を与え続ける技術があったらなら、大した加速ではありません。常に1Gの加速をするということは宇宙空間を飛びながら地上にいるのと同じ感覚で居られるということです。約120日で秒速10万kmに達します。約1年で光の速度と同じ秒速30万kmということです。これはあくまで地球との相対速度であり、宇宙船に乗っている飛行士にとってはスピード感など全くありません。地上で生活しているのと同じ感覚です。ではこの宇宙船は更なる加速は不可能なのでしょうか。おそらく現実的には不可能ということはないでしょう。1Gの加速は続き宇宙船の中は地球のように相変わらず1Gを維持すると思います。では光速を超えられない矛盾はどうしたらよいのか。アインシュタインは光速に近づくと加速しているものと相対的に停止しているものでは時間の流れる速さが変わると説明しています。「うらしま効果」です。現実には光速を超えてしまう加速とは何か。私たち地上に生きるものは既に光速をはるかに超える加速を受けています。もしも奈落という地獄があるなら、地獄へ落ちはじめて1年経つと亡者は光速で落ちることになります。
    光速を超えた宇宙船の中にいる人はどのように感じるのか。おそらくは目的地までの距離を測るスケールの目盛が次第に短くなってゆくように見えるのではないかと思います。「光の速さでも4.3年かかると聞いていたのに地球と同じ重力で飛んでいたら3年もかからないで着いてしまったね」などと呑気なことを言いながらまた3年かけて地球に戻ると人類は既に絶滅していましたなんてことに。
    もしかしたらUFOはかつて太陽系で重力をコントロールできる技術を開発した先人が戻ってきているのかもしれませんね。時間と空間と重力とまだまだわからないことだらけです。

  • #49

    あほうどり (木曜日, 07 3月 2013 23:15)

    説明不足で申し訳ありません。相対性理論では物体は速度が光速に近づくと加速度は質量に変化するので光速以上にはなれないと説明しています。しかし私は相対速度とは移動する周りの空間に移動する物体と反応する物質がある場合に限り存在するものと考えます。地球に対して相対的に光速に達したからといってそんなことに何の意味があるのでしょうか。宇宙空間では加速度だけが空間に対する変化であり加速度が無くなった時点で空間では停止していることと変わりは無くなると考えています。移動するロケットにとって地球というスタート地点に何の特別な意味があるでしょうか。光速を超えることによる質量の増大が何故加速度を加えることで光速に達したロケットに特異的に発生しなければならないのか。それならば常に加速度を加え続けている例えば地球の表面はなぜ例外的な扱いを受けられるのかわかりません。
    物体は光速を超えられないことは実験的に証明されています。ならば、光速で移動するものに加速度が加わればアインシュタインが唱える「質量の増加」に相当する何かが発生するものと推測します。現実には時間短縮という現象で体感するのではないかと思います。

  • #50

    丸田 (土曜日, 09 3月 2013 01:22)

    う〜ん。なかなかむずかしいというか時間、空間、重力といい検証が困難な事柄が多くて推測と数学的帰結にたよるほかないという領域ですね。でもさすがくわしいですね。
    高速で移動していても飛行士はまったく普通の感覚でいられるでしょうし、いわゆる「うらしま効果」によって帰ってきた時には地球がすっかり変わっていたということになるという有名な話ですね。そしてその飛行士は年をあまりとっていなくて友達は皆年をとってしまっていて、、、。
    多くの専門家が時間というものは存在しないといっているのですが、不思議だらけです。
    よく楽しいこととかやっている時は時間が早く過ぎてしまう、いやなことをしているといつまでたってもなかなか時間が進まないということを聞きます。同じ時間の長さでも楽しい時間の時にはそう感じた時間しか進んでいないので実際肉体的にもそれだけの経過しかうけていない、つまり年をとらないという話を聞きますがそれはあるのかもしれないと思います。
    何度も未確認飛行物体を見ていらして興味深いです。彼らは?確実に光速を越えて移動していますね。
    ちょっと話がそれてしまかもしれませんが最近のミステリーサークルを見ているとどう考えても地球外生命体の仕業としか考えられません。見とれてしまいます。
    ロシアの隕石爆発の映像に不思議なものが写っていたという話はほんとはどうなんでしょうか、ロシアの公共放送でもさらなる検証が必要と言っていますね。

  • #51

    あほうどり (土曜日, 09 3月 2013 23:27)

    楽しいことを一生懸命やっていると歳をとらない。これも浦島効果の新しい解釈かもしれませんね(笑)。光速の話ですが、海に水があるように、空中に空気があるように宇宙空間にも現在知られている素粒子と反応しない何かが満ちていればアインシュタインが発見した光速不変の法則は成り立つと思います。船の速力が何ノットだとか飛行機がマッハいくつで飛べるとかは常に自らの周りに基準となる物があるからで、その基準に対して自分がどれだけの速さで移動しているか測れるからわかることです。自分の周りを満たしているものは自分が出発した地点と同じ法則で繋がっていなくてはなりません。宇宙の全てが地球の基準で動いているならば、宇宙膨張説から導かれる遥か彼方の星々は地球から常に加速しながら遠ざかっているわけで、いずれは光速に近づき質量が増してゆくのでしょうか。それより宇宙のどこが基準で移動速度が測られるのか。昨年だったと思いますが、観測データから宇宙は現在も加速膨張を続けていることが解かったと発表がありました。加速を始めた特異点はビッグバーンが起こった場所なのでしょうが、宇宙創成から加速をしている我々の宇宙はとっくに光速に達しているはずです。地球を基準に考えると地球から遠く離れて膨張する宇宙が光速に達する距離が宇宙の果てなのでしょうね。でもその宇宙の果てから見れば地球も宇宙の果てにあり、地球が存在する方向と反対方向にも同じ距離だけ宇宙は広がっているということでしょう。2次元世界の水平線のように3次元世界の水平線がそこにある。だから自分がどこにいるかで宇宙の果ても変わってくると思います。
    宇宙船が毎秒約10mの加速を続けて1年後、スタート時に比べて光速に達したとき(達することがあるとすればですが)地球から見て宇宙船の存在は宇宙の水平線の向こうへ消えてしまうのかもしれません。宇宙の果てまで行かないとそれが起こらないのなら宇宙船は光速を超えることはできないし、宇宙船が光速を超えられるなら宇宙の果てはどこにでも存在するということでなければならないでしょう。ああ、ややこしや。

  • #52

    丸田 (火曜日, 12 3月 2013 00:50)

    確かに宇宙は加速膨張を続けているという事実はすごいことだと思います。我々の宇宙はとっくに光速に達しているのですか?地球は公転と自転を繰り返しながらものすごいスピードで移動しているということですよね。どのくらいのスピードかわかりませんが私達にとっては全く動いてるという感覚がないのでなんともわかりにくいです。
    宇宙は多次元たしか10次元か11次元でしたかそれは数式の上では証明されているようですし、何年か前にハーバード大学教授のリサ ランドールが5次元の存在の証明で結構話題になりました。そういうことを考えるとただ単に3次元宇宙だけ見ててもらちがあかないというか余計わけがわからないですね。

  • #53

    あほうどり (水曜日, 13 3月 2013 12:48)

    加速膨張しているなら地球もどちらかの方向に加速しているはずなのですが、であるなら精密に測定すればどちらの方向にどのくらい加速しているか測れぬものかと考えてしまいます。測定ができないのであれば、加速膨張における加速の概念が私達が持っているものとは少し違うのかもしれません。宇宙のどの場所も停止しているがどの場所から見ても周りは全て加速して遠ざかっているという感じでしょうか。加速するとは普通出発点が定まっていて成り立つのですが、宇宙の加速膨張には定まった出発点というものがない。言い方を変えると全ての場所が加速膨張の出発点である、ということになります。ということは宇宙に中心なんてものは存在しないしすべての場所が中心であるということになるわけです。意外と昔の人が考えた天動説は正解だったのかもしれませんよ。

  • #54

    丸田 (木曜日, 14 3月 2013 00:43)

    わー、加速膨張の概念がよくわからなくなってしまいます。もしすごいスピードで移動しているということになると時間もゆっくり
    流れてということになりますが、それを比べる場所での観察もできないので私達にとっての時間はまったく変わりないということになりますね。
    すべての場所が加速膨張の出発点、、、不思議な感覚。暗黒物質は関係ないですよね。

  • #55

    あほうどり (木曜日, 14 3月 2013 14:56)

    大マゼラン雲という銀河がありますが、この銀河の外縁部分は我々の銀河系と重なっています。この二つの銀河系は今まさに衝突しつつある銀河です(銀河は遠くから見れば星の固まりに見えますが星と星の間は途方もなく離れているので星と星がぶつかるなどということはまず起こらないと言われています)。宇宙全体で見ると全ての天体は膨張により互いに遠ざかっている、つまり宇宙という入れ物が膨張しているの訳ですが、狭い範囲で見れば接近しつつある天体もあるのが事実です。重力が影響しあう範囲では部分的に接近する場所はあっても重力が影響する範囲を一つの系として捉えると、それぞれの系同志は互いに遠ざかっていると理解しています。ですから銀河系の中を見ると遠ざかっている天体もあれば近づきつつある天体もあるのです。
    暗黒物質(ダークマター)は理論的には存在しないと宇宙全体の質量の辻褄が全く合わないから存在しているはずという未知の物質です。私は重力を形作る素粒子(仮称グラビトン)と関係が深いと考えています。我々の住む宇宙と宇宙の外側、つまり異次元との境界は宇宙のどの部分にも存在すると考えられています。私たちの宇宙が入っている「入れ物」は細かい網目構造になっていて私たちが認識できる素粒子はこの網目を通過できないらしいです。しかし宇宙が膨張しているということはこの網目をすり抜けて出入りできる物質がなければならない。この網目を通れる唯一の素粒子が重力子ではないかというのが最新の仮説らしいです。

  • #56

    あほうどり (木曜日, 14 3月 2013 15:27)

    地球を中心に宇宙は全ての方向に遠ざかっていて、遠くなるほどその速度は速くなっています。その速度が光速に達するところが地球にとって見かけ上の宇宙の果てです。しかしその宇宙の果てでも同じことが起こっています。やはりすべての方向に宇宙は広がっていて地球がある場所が宇宙の果てになるのです。
    地球上で考えてみます。地平線の向こうは見えないが存在はしている。地平線まで行っても同じようにその先の地平線までは見えます。地球の場合は円周の長さ割る地平線までの長さ、つまり何回地平線までの移動を繰り返したら元の場所に戻るかは簡単に計算も実験もできます。宇宙では上下左右どの方向にも地平線が存在しています。これが2次元と3次元の違いです。恐らくはどの方向に進んでも進み続ければいつかは元の場所に戻るのでしょうがいつまで進めば戻れるのかは想像もつきません。増しては地球は大きさが固定していますが、宇宙はいまだにどんどん大きくなっているのですからなおさらです。

  • #57

    丸田 (金曜日, 15 3月 2013 02:14)

    いろいろ解説していただいて本当にありがとうございます!!何となくわかったようなでもやっぱりよくわからない不思議な世界です。宇宙に果てというものがあるのでしょうか、見かけ上の果てをどんどん追いかけていくとまた元の場所に戻ってしまうのでしょうか。あまりに巨大で想像することがむずかしいですね。これから根本からくつがえされるような説は出てきたりするのでしょうか。
    そして私達のすぐ外側にある異次元にとても興味があります。

  • #58

    あほうどり (金曜日, 15 3月 2013 23:58)

    宇宙に果てがあるのだろうかという疑問は、そもそも「この世とは何だろう」っていうことだと思います。他の次元がいくつ存在していようと、霊界があろうと、神様がいようと、それらが存在すること、すなわち存在とはいったい。自分自身についてだけ考えると自分の命がなくなれば自分にとってのこの世も消滅してしまうんでしょうか。それとも魂はどこか別の世界に行くのでしょうか。たとえ魂になっても「なぜこの世は存在するのか」「存在とは何なのか」という疑問は永遠に解けないのでしょうね。ビッグバーンが「この宇宙」の始まりといっても、「この宇宙」を創るための材料はどこかから調達してきた訳ですからね。学者はフリーランチといって0がマイナスとブラスに分かれることで物質が生まれたといってますがそもそも「無」が存在していたから「無」から「有」が生まれてきた。やはり存在するとはどういうことなのかは謎です。私は凡人なので大丈夫ですが、本当に頭の良い人は、あるいは疑問は解かずにはいられない執着型の人は命に係わる問題です。
    これはなぜ生命が生まれたのかということとは次元の違う問題です。この世もあの世も異次元も含めて存在するって何なのでしょうね。
    猫が私の膝ですやすやと寝ています。私も猫もとても幸せです。この世があって良かったと思います。

  • #59

    あほうどり (土曜日, 16 3月 2013 00:26)

    異次元への入り口は我々が暮らしている世界全てにあります。質量は無いのに存在はある、あるいは大きさは無いのに存在はある、純粋なエネルギー体、こんな幽霊みたいな物質だけが行き来出来るのかもしれません。この世は網目構造で異次元と繋がっていると表現されますがどんなに拡大できる顕微鏡があってもこの網目は見えないでしょう。どんなに細かくても網目なら3次元の存在です。実際は何もない所からある種のエネルギーだけは浸みだすように湧き出てくるのでしょうね。
    井出治という友人は何十年もこのエネルギーの研究をしています。フリーエネルギーの研究です。実際にある方法でコイルを巻くと入力よりも出力が多いモーターが出来るそうです。実験も成功しているとか。
    何故そうなるかはわからないがとにかく特殊な巻き方をすると未知のエネルギーが取り込めるといってました。ピラミッドパワーや水晶パワーも案外本当にあるかも知れません。
    事実私も水晶の結晶を両手に持ってとがった部分を近づけると磁石の同極を近づけた時のように反発を感じたことがありました。何かのエネルギーが出ているとしか考えられませんでした。

  • #60

    丸田 (月曜日, 18 3月 2013 01:48)

    宇宙の果てってビックバンの137億年前(38万年は光が直進できなかったらしいのでその分を差し引いて)から38万年後までの光の観測可能距離までしか取りあえずわからないということになるのですかね。遠くの星は光速を越えて膨張しているので?そこに関してはもう観察することがお手上げ状態ということなのかそもそも光速を越えて移動しているということ自体があるのか不思議です。
    この世の中は多次元でできている以上眼に見える観察できるものだけ追っていても全体をとらえることは不可能と思われます。多次元への入り口がそこら中にあるということはそこが宇宙の果て(境界線)ということになるのでしょうか。
    ビックバン以前の「無」という存在をどうとらえるのか。また5感で認識できないものでも存在するものは山程あるしそのほうが重要である気がします。
    でもこの地球上の自然の中で山があって風にそよぐ緑がいっぱいあって、鳥の鳴き声に耳を澄まして深呼吸するそんなのがいいなって。
    そういえばフリーエネルギーのことは聞いたことがあります。原子力だ化石燃料だと言わずフリーエネルギーの研究開発に力を入れてほしいと思うのですが、、、、。

  • #61

    あほうどり (月曜日, 18 3月 2013 18:52)

    フリーエネルギーの研究で一番のネックになっているものは石油資本だといってました。その人たちは環境や子供たちの未来を守ることよりも利権を守ることを優先してるとか。フリーエネルギーを取り出せる新技術が開発されれば石油は売れなくなりますからね。莫大なオイルマネーで富を得ている連中にとっては死活問題です。この利権を守るためなら戦争だって起こします。研究者の一人や二人抹殺することぐらいわけないことでしょう。フリーエネルギーには大変興味はありますが係り方には注意しています。
    異次元といえば我々が暮らす同じ次元の中にも様々な「系」が存在しています。原子の世界に生物が住んでいたら彼らの世界はどんなでしょう。彼らには我々とは全く異なる物理法則があるでしょうし、彼らが無限とも感じる距離も人間が暮らす系のスケールでは定規ですら測れないほど近いかもしれません。この宇宙の中で大きいとか小さいとかは意味をなさないといわれています。原子の世界の生物がどんなに高度な科学文明を持っていても我々の暮らす「系」には影響を及ぼさない。逆に太陽と惑星で出来ている太陽系を一つの原子の大きさとして捉える系があれば、これもまたお互い干渉することはないでしょう。我々が住んでいる系の中では、銀河系は大きいが水素原子は小さいといえますが、水素原子一つを地球として栄える生物がいたら人間と同じように無限に小さな物と無限に大きなものの研究をしているのでしょうね。
    話がややこしくなってしまいました。
    宇宙のスケールで面白い話があります。人間は60兆個の細胞で出来ているということはお聴きになったことがあると思いますが、その細胞一つ一つにDNAが入っています。一つの細胞のDNAを取り出してそれを丁寧にほぐして伸ばすと約1・8mの長さになるそうです。一人の人間の全ての細胞からDNAを取り出し全てを繋げると1200億kmとなりこの距離は地球から太陽の距離の800倍になります。光の速度で4・4日。日本人すべての人の全ての細胞のDNAを繋げたら1380000光年となりアンドロメダ銀河に届く距離になります。生命体は宇宙に比べてはるかに小さい存在ですが宇宙のスケールに負けていない存在でもあると思います。

  • #62

    丸田 (水曜日, 20 3月 2013 01:03)

    そうですね。フリーエネルギーが活用されれば今現在のエネルギー利権に関わっている人々、国ぐるみでそれを阻止するための工作はすごいことになってしまうでしょうね。今の世の中ほとんどすべての業種において多かれ少なかれこんなことがまかり通っているのが現実です。でも本当に画期的で環境を壊さない人類にとって有用なものであるならばそのほうがいいに決まっています。なんとももどかしいですね。
    ご友人の井出治さんという方は前インターネットで知りました。またあらためてyouyubeを見てみたのですがかなり変わったというかおもしろい経験を沢山している方なのですね。月の裏側の話やテレポーテーションなどなど。
    人間の体はまさに小宇宙でこれほど巧妙に正確に創られている神秘そのものですね。DNAをつなげたらそんなに長くなるとは驚きです。人ひとりの体って奇跡のかたまりのように感じます。

  • #63

    あほうどり (水曜日, 20 3月 2013 19:04)

    井出氏とは以前同じ会社におりました。社内に井出氏の研究所があったのですが、たまたま私の職場と隣り合わせだったこともあり、親しくなりました。当時この建物は江戸時代の処刑場「鈴ヶ森の刑場跡」の近くにあり、夜遅くまで残業しているとよく出ました。電源を切った自動ドアが開いたり、ロビーにあるコーヒーカウンターに髪をふり乱した土色の老婆の首が乗っていたり。
    ある日徹夜明けの井出さんが腕を組んで考え事をしているので、「どうしたんですか?」と聞くと、「昨日の夜中に机の引き出しがスーと開くんだよね。この5kg以上はある引き出しを30センチも動かすエネルギーはどこから来たんだろうね」と言っていました。私が「そういうのって霊の仕業じゃないんですか」というと、「霊って何のエネルギーで活動しているんだろう」と真剣に考えていました。
    彼はそういう人です。
    最近では研究の成果がNASAでも認められてアメリカに講演にも行くようですが、敵地に乗り込む気構えで渡米しているようです。国内の大手電機メーカーからの訪問や問い合わせも増えてきているようなので、この夢のような話は何かの形で近い将来世の中に出てくるかもしれません。楽しみです。
    れっきとした物理学者ですが、なぜ神社にお参りするとご利益があるのか、どの神社がより大きな祈願成就の力を持っているのか、それは何故か。なんてことも研究しているようです。

  • #64

    丸田 (金曜日, 22 3月 2013 01:29)

    わーそうでしたか。同じ会社におられたとは。そしてすごい話ですね。霊はなんのエネルギーで活動してるのか真剣に考えるところは物理学者なのでしょうね。インターネット情報によると彼の奥様を通して地球外の方とコンタクトをとっているようですね。その方達からヒントをもらって研究が進められてるともおっしゃってました。
    私の父が亡くなった後、消してあったはずのテレビがついたり、絶対に電気を消してあったはずの部屋の電気が朝起きるとついていたりということが何回がありました。え〜と最初は思いましたがこれは父親の仕業としか考えられないし父のやりそうなことだと思いました。今はまったくそういうことはありません。
    不思議ですね。

  • #65

    あほうどり (月曜日, 25 3月 2013 14:32)

    昔からの決まり事やことわざには意味があるものが多いように思います。人は亡くなってからも49日は魂が現世に留まっていると言います。おそらくは数多くの体験をから49日という数字が決められたのでしょう。
    「噂をすれば影」も心当たりがあるでしょう。私の体験からいうと「噂をすれば電話」の方がしっくりくるようです。くしゃみをして「誰か俺の噂してるな」とはよく耳にする言葉。案外テレパシーを感知するアンテナは鼻の奥にあるのかもしれません(笑)
    私の父も昭和61年に亡くなりましたが、初七日で我が家に親しかった人が集まった宴席でのこと。当時2歳だった息子は隣の部屋で寝ていたのですが、突然ケラケラと笑い出しました。ふすまを開けて見ると息子が布団の上に座って天井を指さして笑っていました。「どうしたの?」と聞くと「じいちゃがわらわす」というのです。父が一番可愛がっていた孫を見に来たんだと思いました。この件があって父は自分の死を受け入れてくれたんだなと安心した覚えがあります。
    父にはもう一つ不思議なことがあって23回忌に墓の前でお坊さんにお経をよんでもらったのですが無風の穏やかな墓前に突然帽子を飛ばすほどの風が吹き過ぎてゆきました。父は民謡の師範をしていて、芸名を路風と言いました。霊になってもみんなが自分のために来てくれたのが嬉しくて何かの形で自分の気持ちを伝えたかったのでしょうね。
    私は決して立派な人間ではありませんし、恥ずかしいことだって沢山ありますが、亡くなった父や母、祖父や祖母に監視カメラのようにいつも見張られているような気がします。だからという訳ではありませんが「人の道に反することは出来ないなあ」と思います。
    先祖代々の墓は曹洞宗の寺にあり、法事も節目ごとにきちんと行っていますが、不謹慎なことに仏教の信者ではありません。というか特定の宗教を信心していません。しかし毎月墓参りには行くようにしています。
    人は(人に限りませんが)亡くなっても無になるわけではないと思います。私の「困った時の神頼み」の神は父の霊であったり母の霊であったりです。そう考えるといつかは自分にも訪れる死は少しだけ怖くなくなります。
    そういえば可愛がっていた猫の幽霊が出たことがあります。眠っている私の布団の上を歩き回り顔を覗き込んでゴロゴロいいました。「おかしいなこの子はもう亡くなっているはずなのに」と思い部屋を見回しましたが猫の姿はありませんでした。当たり前です。部屋の戸も窓も全部閉まっていたのですから。動物にだって人と同じ心があるんだなと信じるようになりました。合掌。

  • #66

    丸田 (金曜日, 29 3月 2013 23:47)

    東京に行っておりまして失礼致しました。だれでも身内に関するの不思議はあるものなのですね。息子さんにはきっとおじいちゃんがはっきり見えていたのだと思います。小さい子ほどまだ感受性が敏感で大人には見えないものが見えたり胎児だったときのことを覚えていて親の会話の内容を覚えていたりするようです。
    死ぬとどうなるか臨死体験をされた方の話とかいろいろ聞きますが未知の世界なのでちょっと楽しみではあります。でもだいぶ先の話かとは思いますが、、、。
    この前存在とはなんなのかというお話をされていたと思うのですが、多分この世の中すべての存在はエネルギーなのだと思うようになりました。個体も液体も気体も思考も感情もすべてがエネルギーでできているということです。なのでそこら中にあるエネルギーをなんらかの方法で取り出せばフリーエネルギーとして活用できるということになるのでは。
    私が描いている絵もエネルギーそのものを角度を変えて描いているのではと思うことがあります。

  • #67

    あほうどり (火曜日, 02 4月 2013 12:24)

    物質はエネルギーであるとはアインシュタインの考えですね。物質からエネルギーをゆっくり取り出すと原子力機関になり一気に取り出すと核兵器になります。正に物質はエネルギーの固まりです。こんな理論を発想し証明して実用にまで導いたアインシュタインはいったい何者でしょう。彼にこのような啓示を与えたのは神かはたまた悪魔か。人類の今後を占う試金石になるでしょう。
    使いようによっては恒星間宇宙飛行も可能にし、あるいは人類のみならず多くの地球の生物の破滅をも招く力です。
    これを玩具にして政治の駆け引きに使う国があることを我々人類は恥としなくてはいけません。

  • #68

    丸田 (木曜日, 04 4月 2013 00:51)

    エネルギーって至るところにあってその取り出し方は以外と簡単なのかもしれませんね。
    核兵器にいたっては抑止力になるということで駆け引きに使われているようですが、持つ事自体が愚かな行為であって一度でも使われたら取り返しのつかないことになるのは皆知っているはずなのに。まだまだ地球人は進化の途中段階ということでしょうか。

  • #69

    あほうどり (土曜日, 20 4月 2013 09:10)

    ご無沙汰失礼いたしました。先週四月十二日に娘の結婚式がありその準備等で気忙しい毎日を過ごしておりました。またそれと並行して同居している義母の療養介護施設を探すべく自宅と八王子を行ったり来たり。ようやく施設も決まりベッドの空き待ちまでこぎつけたところ一昨日入院中の病院で容体が急変、あっけない幕切れとなりました。
    人生で何度もあることではない節目というものがわずか一週間の間に2度もあるなんて不思議な感じがいたします。本人も孫娘の結婚式が無事に終了した報告を受けて安心したものと思われます。
    そんなわけで我が家は家族が一人増え一人減り定数維持となりました。私自身も人生を再スタートするような不思議な感覚を得ております。
    昔と違い今は嫁に入るという感覚が薄く、現実に娘夫婦の新居も我が家の近くに決めてくれました。娘が嫁に行ったというより息子が増えたという感覚を強くしております。
    話は変わりますが、最近の地震活動の活発化は大変気がかりです。我が家の二匹の猫の落ち着きがありません。特に13歳になる三毛猫は小さい時から地震の前になると走り回る習性を持っていたのですが、この子が最近また頻繁に走り回るようになっています。ここ数日を見ても列島各地で震度4~5に比較的大きな地震が頻発しています。
    食料と飲料水の備蓄を心がけておかないとと思っております。備えあれば憂いなしであってほしいものです。
    もう一つの気がかりはH7N9インフルエンザです。今は海の向こうの話ですがヒトからヒトへの感染能力獲得とより強力な感染力を身に着けるべく変異を繰り返していることと思います。これらの能力獲得に最も必要なものはより多くの人への感染です。このまま感染者が増加するとそれだけ早い時期にかつてのスペイン風邪と同程度の危険性を持つウイルスに変異することは確実です。日本へのウイルス流入を防ぐには感染拡大地域からの出国に当り、隔離された状態で4~5日、入国に当り同じく4~5日の隔離期間を設けなければ安心できません。潜伏期間が7日ということはそういうことです。現実にはまったくもって不可能な施策でしょう。更にパスポートもビザも必要としない渡り鳥によってもたらされる危険性を考えると日本に同ウイルスが流入することは防げないと思います。我々にはそれなりの覚悟と準備が必要になります。

  • #70

    丸田 (月曜日, 22 4月 2013 00:38)

    娘さんご結婚おめでとうございます!近くに新居というのもいいですし息子さんが増えた感じというのはいいですね。おばあさまも安心されたのでしょうか。
    地震はつい最近中国でも大きいのがありましたし、日本でも東日本大震災の後頻繁になっていますしここのところ結構大きなものが続いています。猫ちゃんの行動がちょっと気がかりですね。食料は缶詰とかはありますが水の確保が、、、できてない。
    鳥インフルエンザも毎日中国で確実に患者が増えていますので時間の問題かもしれません。製薬会社もタミフルやリレンザの増量確保を行っているようです。
    放射能の事もそうですが、人々が必要以上にあまり心配し恐怖に思うのはかえってよくないように思います。正しい知識とやっぱり備えあれば憂いなしですね。
    そういえばこちらでは今朝雪が降っていて超びっくりでした。それもぱらぱらとではなく一面真っ白になっていてこんな時期に雪なんて今までなかったように思います。桜ももう散ってきてるというのに。

  • #71

    あほうどり (月曜日, 13 5月 2013 15:19)

    ようやく落ち着きました。昨日は娘夫婦とともに猫の里親募集の会を梯子しました。最寄りの自由が丘で可愛い仔は沢山いたのですが運命的な出会いを感じるに至らず、原宿へ。ここでも今一つ。最後に四谷3丁目の会場まで足を伸ばしましたが、う~ん。難しいですね。娘は生まれてから猫のいない生活を経験したことがないので早く飼いたいようですが、家族が増えるのと同じですからそこは慎重に見極めているようです。望み続けていればきっと良縁に恵まれるはずと信じています。




  • #72

    丸田 (月曜日, 13 5月 2013 23:48)

    それはそれはよかったですね。猫ちゃんとのいい出会いがあればいいですね、きっと近いうちにいい縁に恵まれて家族が増えることでしょう。何か微笑ましい感じです。ここのところ急に暑くなってきました。寒暖の差が激しいですが体調管理に気をつけましょう。

  • #73

    あほうどり (木曜日, 13 6月 2013 18:14)

    猫ちゃんとのご縁はなかなかありません。5月に里親会から連絡があり子猫を3匹見せてもらうことに。保護している方が娘の自宅まで連れてきてくれました。猫ちゃんたちも30分ほどですっかり家に馴染み私達両親も娘夫婦が勤めに出ている間は世話をしに行くということで、安心して一度連れて帰られたのですが、その後連絡があり、団体の上の人に報告したところ、娘が自宅で洋裁をやっているので、針などを誤飲するといけないという理由で、断られてしまいました。
    正直言って、嫁に行く前も自宅で猫を飼いながら洋裁もやっていて事故もないのに何故だろうと思います。
    戸の時の会話のあらましです。
    保護人「この家は借家のようですが猫を飼っても良いのですか?」
    娘  「はい、その条件で探して借りました。大家さんも了承済みです」
    保護人「昼間お勤めに出ている間はどうするのですか?」
    私  「そのために実家の近くに借りたので私か家内が昼間は通って面倒を見ます」
    保護人「子供が出来た時はどうするのですか}
    娘  「私も物心ついた時から猫と一緒だったので大丈夫です」
    保護人「もしも赤ちゃんに猫アレルギーが出たらどうするのですか?」
    私  「その時は喜んで実家で引き取らせてもらいますが、アレルギーが出ることは無いと思います」
    保護人「隣の部屋で洋裁をされていると聞いてますが、万が一子猫が入って針でも飲んだら大変ですね」
    娘  「隣には大きくなるまで入れません。実家でもそのように子猫を飼っていたので心配いりません」
    保護人「ではもう少し大きくなるまで育てて時期が来たら連絡します」
    以上のようなやり取りをにこにこ顔で交わして帰ってゆきました。
    娘夫婦も楽しみに連絡を待っていたところ、「やはりあげられません」という信じられない回答。
    何故ですかと聞いたところ、洋裁の部屋に絶対入らないとは言い切れないという返事だったようです。
    こういう団体っていったい何なのでしょうね。その日は娘夫婦が我が家に来てみんなでヤケ酒パーティーになりました(笑)。

  • #74

    丸田 (金曜日, 14 6月 2013 00:19)

    それはそれは焼け酒ですね。経過報告ありがとうございます。でもなんだか腑に落ちないですよね。う〜ん、何なんでしょうという感じ。近い将来いいご縁が出てくると思うのでもう少し待っていて下さい。

  • #75

    ダイナ (土曜日, 26 2月 2022 12:03)

    丸田さん、お久しぶりですね。
    わたしは時間はないと思っています。時間があるように感じるのは、われわれの認識能力というか認知能力に限りがあるからだと思います。
    出来事や事象の場面は、われわれが考える限りのものが無数にあるし、そしてそれらは、今現に存在しています。また、過去に体験した場面だけでなく、過去に可能であったと考えられるすべての場面も、今すなわち現在に存在しています。そして未来に可能であろうと考えられるすべての場面も、
    今すなわち現在に存在しています。われわれの認識能力が最大になると。過去に起きた場面と起きたであろうと考えられる場面と未来に起きるであろうと考えられる場面のすべてが同時に見えるということになりますが、残念ながらわれわれの認識能力には限りがあり、すべての場面のうち一部しか見えません。そこである部分の場面から他の場面の部分を見るのに時間がかかってしまいます。そのときに元々はなかった時間というものが発生します。
    だから、今現に存在している過去と未来のすべての場面を同時に見ることができれば、時間というものはないということが実感できるのでしょうね。

  • #76

    丸田 (火曜日, 01 3月 2022 10:51)

    ダイナさん、お久しぶりです。
    このブログに書いてから10年以上経っていることに驚きですが、内容を改めて読みかえして見て興味の対象が今とあまり変わらないなあなんて思いました。(笑)
    私たちはこの地球上で限られた認識能力の範囲で判断するのでそれ以上を理解するためにはそれなりの認識能力が必要になってくるということになりますね。(本当は皆備わっっているのかもしれません)臨死体験した方の話など聞くとへーと思うことは沢山あります。

  • #77

    ダイナ (金曜日, 11 3月 2022 15:22)

    丸田さん押忍!!
    皆備わっているかは?ですが、備わった人もいるでしょうね。臨死体験というのは瀕死の状態から、この世とあの世を彷徨って、あちらの世界でお花畑や三途の川を見て、気がついたら生き返ったというやつですね。これもありえる話ですよね。肉体から幽体離脱した幽体、霊体、本体があの世の景色を見て、肉体と幽体、霊体、本体を繋ぐシルバーコードが切れていなかったので、また肉体に戻って意識を取り戻したということになりますね。#64のお話も面白いですね。お亡くなりになられたお父さまが電気を切ったりテレビをつけたりと・・・。これもありえる事ですね。大多数の人が死んだら無になると思い込んでいらっしゃるでしょ。でもいざ死んでみたら、自分の意識も記憶も個性もそのまま状態で、当人はまだ地上で生きているつもりでいらっしゃったんでしょうね。住み慣れた家の中を歩き回り、そして家族に声をかけたりと。しかし家族にはお父様は見えないし、その声も聞こえませんから誰も反応しません。こんな時に自分の周りの様子をよくよく観察したら何かおかしいと分かるはずなのですが、そこは「死んだら無」と思い込んでいた哀しさですね。そのうち自分でも何かおかしいと思い、死んだことに気づかれ霊界へと旅立たれたんでしょうね。

  • #78

    丸田 (水曜日, 16 3月 2022 00:55)

    ダイナさん、ちょっとパソコンの調子が悪くて日にちが過ぎてしまいました。
    臨死体験した方の話だと過去へも未来にも自在に行けるようです。思うだけで。
    そういえば父の話で亡くなった後そのような体験をしましたがその後何もなく、でも何年も経ってから、あるいは最近も電気が急につくことがありました。親族での集まりでその準備をしている時です。3段階の電気で急に2段階目のがつきました。あ、父かなってすぐ思いました。(笑)

  • #79

    ダイナ (水曜日, 16 3月 2022 12:24)

    丸田さん、こんにちは。返信ありがとうございます。
    丸田さんがそう感じれば、そうだと思います。お父様は何か丸田さんに伝えたかったのかもデスネ!思い当たるふしはないですか?(笑
    臨死体験ということは幽体、霊体、本体(魂)が肉体の外に出ている状態なので、肉体をまとった物質界の波動とは違う精妙な波動の世界(霊界)にいることになります。あちらの世界は思ったことがすぐに実現する世界なので、自分の思いが変わると間髪を入れずに周囲の状況もパッと変わります。要するに、思いと出来事(事象)とのつながりが直接的かつ瞬間的なのです。過去を思えば過去へと、未来を思えば未来へと様々な様相を示す多次元の世界ということになります。地上生活では考えられませんね。

  • #80

    丸田 (木曜日, 17 3月 2022 00:47)

    たぶん近い親戚の集まりだったので自分も参加といいますか、見守ってるよという合図だったのかなと思いますね。勝手な思いこみかもしれませんが。

  • #81

    ダイナ (金曜日, 18 3月 2022 15:23)

    集まり全体を見守っていらっしゃったのだと思います。さて、丸田さんは唯物論者ではなさそうなので話を続けようと思います。地上界と霊界では時間の感覚が違います。地上の時間は地球自身の一回転の時間を一日24時間として定められていますよね。また太陽の周りを地球が一公転する期間を一年365日として計算します。これは天体観測で定められた物理的な時間の決め方で、その人の心情には関係なく進む客観的な時間ということになりますね。それに対して、霊界の時間は主観的です。例えると女性の方が旅行で列車に乗った時、周りを怖い形相の男の人たちに囲まれたとします。席を替わろうにも替われません。そのまま怖い想いで座り続けなければならないとしたら、降りる駅に着くまでがなんと長い時間に感じることでしょう。時計では15分の時間が、気持ちのなかでは2時間にも3時間にも感じるのではないでしょうか。反対に、大好きな恋人と過ごす時間はアッという間に過ぎてしまいます。このように、その人の心情によって長く感じたり、あるいは短く感じたりするのが霊界の主観的時間なのです。だから霊界には全体に行き渡る時報はないことになりますね。もちろん時計を持っても何のやくにも立ちません。もっとも、定まった時間の設定がないとは言っても、過去、現在、未来という時の流れがあることは地上と変わりがありません。

  • #82

    丸田 (土曜日, 19 3月 2022 01:25)

    もちろん唯物論者ではありませんで、科学も好きなので最先端情報には興味がありますが解明できない事柄が多く、直感的にわかる方の話を聞いたり読んだりするのは好きです。それこそ昔はエドガーケイシー、スエーデンボルグ、ルドルフシュタイナーなどなど読みあさりました。私が美術をやっているのもある意味その行為を通して別の角度から世界認識するための一手段と考えたりしています。
    霊界にも一応過去現在未来という時の流れがあるのですね。

  • #83

    ダイナ (土曜日, 19 3月 2022 15:19)

    成るほど。そのようにお考えなのですね、よく分かります。さて、これから話す情報は、あくまでも多岐にわたる霊界のなかの、ほんの一部分であると思って下さい。霊界は想念の世界であるという言葉があります。なので、千人いれば千通りの、万人には万通りの霊界があるといっても過言ではありません。また、本人の意識が変われば、瞬時にして周りの光景が入れ替わるという、地上生活では考えられないようなことも起きたりします。しかし、実は地上でも、本当はこの想念の現実化という現象はあるのですが、それがすごく時間が掛かって現われるので、われわれが気づいていないだけなのです。例えますと、ビルディングを建てる時には、まずオーナーが「よし!建てよう」と決心する想念から始まります。それから設計士が頭の中に描いた構想が図面化され、現場に渡され、順次多くの人の手間を経て仕上がっていくものです。その根底にはいつも想念が控えています。このような面倒な段取りを取らなくても形が完成するのが霊界ということになります。しかも、上の霊界に行けば行くほど想念の現象化が素早く行われます。なんと言っても、思ったことがすぐに目の前に現われてしまうし、また自分の思ったことが相手にすぐ分かってしまうので、ある意味に於いて困っちゃいますよね。(笑

  • #84

    丸田 (月曜日, 21 3月 2022 00:20)

    そのことについての話はかなり読み聞きしていますのである程度は分かっているつもりですが、本人の意識によって千差万別ということでいいのでしょうか。しかし段階があってそれとテレパシーで相手の思いがわかるということですね。天国も地獄も想念で作り上げられたものなのか、輪廻転生も人によってはあるという人とないという人もいて、こればっかりは自分ではわかりません。
    古代文明についても不思議が多く興味深いですね。

  • #85

    ダイナ (水曜日, 23 3月 2022 11:57)

    丸田さんおはようございます。よい質問をいただきました。わたしの分かる範囲内での回答をさせていただきます。
    Q本人の意識によって千差万別ということでいいのでしょうか。しかし段階があってそれとテレパシーで相手の思いがわかるということですね。
    Aはいそうです。地獄、極楽というものはあります。と言っても、それが永久に確固としてあるという意味ではありません。結局、地獄極楽だって、自分の想念でつくってしまうわけですね。類は類を呼ぶという法則がありましたね。地獄というのはどういう連中がいるかというと、正確には地獄にいるという言い方はまずいんでして、地獄はどういう人がつくるかというと、我欲、利己心の塊の人たちなんです。そういう人たちでつくっているのを、霊界を見る能力のある人なんかが見た場合に、これを地獄と呼んだにすぎないです。地獄という看板がかかっているわけではありません。しかもそれは永久不変にあるものではなく現象にすぎません。で、スピリチュアリズムのなかでは「生まれ変わりはあります」と訓えています。なかには、そのことを否定する霊界通信もあったりするのですが、それはその通信霊がまだ輪廻転生の摂理を知り得るほどの高みに到達していないから、生まれ変わりのことが分かっていないのだと、別の高級霊が諭しておられます。また、シルバーバーチも例えば、幼くして死んでしまう赤ちゃんたちは、あまりにも不幸ではないかと問われたときに、「それは皆さんがこの一人生だけを見て神の公平性を計ろうとするからです。皆さんには永遠の時が与えられております。その永遠という時のなかで物事を観ていけば、すべてが公平に取り計られていることに納得するはずです」ということを話していますが、それはわれわれに生まれ変わりという新生のチャンスが与えられていることを意味していると思います。なので、私は当然輪廻転生があるという前提でお話ししていきます。そうでないと神の公平性が保たれません。そうは思いませんか?偶然や気まぐれでわれわれの人生が決められ、しかもそれが一回きりのものだったら、それこそたまったものではありません。神のことを法則とも称します。この世のことも、あの世のことも、すべてが法則によって連続的に運ばれています。偶然はありません。みんな因果律という法則の結果起きている必然の出来事なのです。なので、これから地上生活を終えて還る霊界もそうですが、その霊界生活を終えて再び地上生活に戻って来る時の条件も、実はもう今の地上生活の生き方で、そのほとんどが決まっていると考えてもいいくらいなのです。前世が今世を創り、そして今世が来世を創っていくと言われる所以です。う~ん分かり辛かったらごめんなさい。

  • #86

    丸田 (金曜日, 25 3月 2022 01:04)

    ダイナさん、ありがとうございます。
    看板がかかっているわけではないという表現おもしろいですね。確かにそうだと思います。輪廻転生も多分あるのだと思っています。
    意識とは何なのかという一大命題が私の中にありまして、亡くなった後はどのような感じになるのでしょうか。意識は今の科学ではまだ明らかに定義されていません。
    あと永遠という概念はどのように捉えればいいのか、気の遠くなるような話で何らかの循環を繰り返しながら進むのか、進むという概念も時間的要素が入ってきてしまうので、、。 そして宇宙の果てはどこにあるのか、ないのか。

  • #87

    ダイナ (日曜日, 27 3月 2022 13:47)

    なるほど。意識とは何ぞやという一大命題、永遠という概念の捉え方、宇宙の実相等、丸田さんが生まれた直後は分かっていらっしゃったと思います。ただ徐々にお忘れになったのでしょう。今度、霊界に還られた時にもう一度、守護霊か指導霊に聞いてみてください。また教えて下さると思いますよ。亡くなった後も意識はそのままです。何ら生きているときと変わりありません。さて、われわれはこの世に生まれてくる前に、守護霊や高級霊、そして丸田さんご自身の三者が額を寄せ合って、今回の人生脚本を前以て書いてきました。いわゆるブループリントという人生の青写真です。でもその脚本通りに人生を過ごした人は多分そうたくさんはおられないでしょう。それは、われわれに自由意志が与えられているからです。ですから、我欲に翻弄されたり、あるいは別な目標に向かって進んだりした結果、予定のコースとは大きく違った人生を歩んだかもしれません。そういうことなので、われわれが今回の地上人生を終えて霊界に還ったら、今度もまた同じ三者のメンバーが集まって反省会が開かれることになります。今回の人生の総括です。死の直後には、人生のあらゆる出来事が映画のように、しかも逆送りで観せられることがありますが、その時は短時間での慌ただしい映写会です。それが本番の反省会では、じっくりと観せられることになります。アカーシックレコードを基にした今生の記録映写会です。そこには人生のすべてが赤裸々に映し出されます。しかも、相手のある出来事でしたら、その相手の心境そのものになって、すべてを感じさせられるという、何とも酷な映写会です。自分ではその時は何とも感じてなかったけど、相手様はこんなにも辛い想いをしていたのか、それが骨の髄まで染み込んでくるのですから、これはもういたたまれないくらいの良心の呵責に苦しむことになるでしょうね。良心とは即ち魂そのものです。その魂の目で観る自分の犯した恥ずかしい所業だからこそ、「己が己を裁くことになる」と云われるのです。仏教で教えるような、死出の旅で地獄の閻魔たちが、われわれを裁いて、その後の行き先を決めるということではありません。真実は自分の魂が自分の為したことの善悪を裁いて、そして自らがその後に向かうべき霊界の階層を覚ります。悪行を重ねた人は霊界の下層辺りでしょう。もしくは残忍性のより強い人は暗黒街へ自ずと向かうことになるはずです。反対に徳を積んだ人は幽界なんか素通りして光り輝く霊界へと直行することでしょう。これはもう波動の法則によって、その人の霊性に相応しい境涯へ行くだけのことです。その意味では、地上で散々人様に迷惑をかけていながら、光明に充ちた世界へ行きたいというのは少々虫がよすぎます。また、高額な戒名を頂いたから自分は高みの世界に行けるはずだと思うのは残念ながら大きな勘違いです。高額な戒名代は僧侶たちの懐を潤すだけのことで、魂の浄化には何の関係もありません。このことは、仏教で云われる三途の河の渡し賃にも云えることですね。昔の真田軍の兵士が六文銭を身につけて戦場に赴きました。その六文という銭があれば三途の川を渡る船に乗せてもらえるからという仏教の間違った教えに由る風習でした。いまでも、亡くなった人のお棺に、紙に印刷した六文銭を添える風習があるようですが、もともと霊界は金銭で物事が片づくような世界ではありません。その人が、この地上で培った霊性、即ち魂の純度に応じた世界に向かうだけのことです。丸田さん、自分としてはもう少し書きたいのですが、わたしの背後が今日はここまでと云っています。ではまた。

  • #88

    丸田 (水曜日, 30 3月 2022 01:24)

    ありがとうございます。
    本番の反省会があるのですね。
    死後意識体だけになった時、自分が自分であるという認識はどのように解釈しているのでしょうか。肉体がある時は一目瞭然個体として存在しているのでわかります。よくすべてのものが一体になり繋がっているというワンネスの感じを持つという話を聞きますがこの宇宙ではそれぞれが孤立した存在ではなく皆繋がっているのだと。だから人をけなせば自分をけなしていることになると。
    それから魂が二つ以上に分かれて存在するという話を聞きます。多い場合だと4人くらいに分かれて生まれてくる。あるいは同時に生まれるのではなく年月を隔てて生まれてくる。魂が同時に存在するという感覚がとても解りにくいです。
    昔、色々わかるという方に私の過去生を何人もお聞きしたことがあります。その時に私の弟と子供の時に亡くなった兄がおりますが、それが同じ魂だと言われました。え〜、という感じでした。
    霊界には階層があるとよく聞きますがそれぞれの環境?はどのように違うのでしょうか。途中でステップアップ?することはないのでしょうか。
    永遠という概念とかは守護霊、指導霊にお聞きすれば教えてくれるのですね。生きている間に理解できるでしょうか。この世には(物質において)永遠なるものは何もないように思います。すべては変化し続けて消滅し新しい形になって現れてきます。魂が永遠であるならばその起源はあったのでしょうか。
    何だか取りとめもなくなってきましたが不思議なことだらけですね。

  • #89

    ダイナ (日曜日, 10 4月 2022 15:08)

    丸田さん、ごぶさたです。新年度に入ってバタバタしていたので返信が遅れました。ではお答えします。
    Q1死後意識体だけになった時、自分が自分であるという認識はどのように解釈しているのでしょうか。
    肉体がある時は一目瞭然個体として存在しているのでわかります。
    A1自分が自分であるという認識は、生きている時と何ら変わりありません。肉体がないのに意識があるのはおかしいなんて、疑問に思われるかもしれないですね。むしろ私の見方からすると反対なんです。意識が肉体や幽体、霊体をつくったという考えなんです。肉体が意識をつくる、これは唯物論的な考え方ですね。私は、肉体というのは単に道具に過ぎない、本体、これは本心とか心、魂といろんな呼び方があるけれど、それが物質の世界で生きるための方便として、肉体をつくって降りてくるという考え方をするんですね。この世界(現界)は非常に物質的な、根源的な、確固として存在する世界として見ていますが、実は幻のような世界なんですね。むしろ本当の世界は、われわれの見えないところにある。それをわれわれは認識できないでいるわけです。非常に違和感を感じさせる考え方かもしれませんが、これは死んでみたらわかるという以外ないんですね。自負するわけではありませんが、ここでいま私がお話ししていることを、どこか頭の片隅にでも置いて覚えておいていただければ、死んだ後に役に立つ、迷わなくてすむんじゃないかと考えているんです(笑。

    Q2よくすべてのものが一体になり繋がっているというワンネスの感じを持つという話を聞きますがこの宇宙ではそれぞれが孤立した存在ではなく皆繋がっているのだと。だから人をけなせば自分をけなしていることになると。
    A2仰るとおりです。

    Q3それから魂が二つ以上に分かれて存在するという話を聞きます。多い場合だと4人くらいに分かれて生まれてくる。あるいは同時に生まれるのではなく年月を隔てて生まれてくる。魂が同時に存在するという感覚がとても解りにくいです。
    A3類魂説のことを言われているのだと思います。分かりやすく魂の本体の多面性で説明します。霊界までは形ある世界ですが、それより上の界では形無き世界ですので、その辺は誤解なきようにお願いします。真珠のネックレスで例えますと真珠をつなぎ合わせている紐が丸田さんの魂の本体だとします。そして紐につながっている真珠のそれぞれが意識体Aとか意識体Bなどというわけです。その真珠の1つが今のあなたという意識体です。隣の真珠の意識体が同時に今地上に下りて来て、あなたの守護霊というお役目を果たしておられます。このように、他の多くの真珠(意識体)たちも、同時期に色んな世界に飛び出して行って、様々な経験を重ねながら霊性を磨き、智慧を蓄えていきます。決してこの地球の地上生活だけが魂の修行の場ではありません。そして、それぞれの意識体が様々な場で培った学びの結果を本体に持ち帰ったら、それをすべての意識体が共有します。あなたという個別の意識はずっと持ち続けながら、それでも魂の本体の中の、別の意識体の意識もすべて共有するというような、われわれ人間には理解し難い一種摩訶不思議な感覚の世界になってしまうのです。

    Q4昔、色々わかるという方に私の過去生を何人もお聞きしたことがあります。その時に私の弟と子供の時に亡くなった兄がおりますが、それが同じ魂だと言われました。え〜、という感じでした。
    A4あり得ることだと思います。

    Q5霊界には階層があるとよく聞きますがそれぞれの環境?はどのように違うのでしょうか。途中でステップアップ?することはないのでしょうか。
    A5地表圏の中間境の上方には幾つかの界があります。スピリチュアリズムでは、死後の世界は、地球を取り囲むようにベルト状に三層に分かれて
    おり、それらの間に中間境があると説明しています。地球を中心にして外側に同心円状に広がっていくのです。地表から上に向かって、幽界、霊界、神界と呼んでいます。とは言っても、それぞれがバームクーヘンのように、はっきりと分かれているわけではありません。波動の違いであり、なかには重なり合っている部分もあるのですが、下層の世界の霊たちは地上的な煩悩も抱えており、それだけ物質性も帯びていますので、地表面に近い所にあります。反対に、上層ほど精妙な波動になりますので、地表よりも離れた所まで広がっていることになります。自他同等一体の気持ちが増すにつれてステップアップします。
    「幽界の下層」普通の人たちがまず落ち着く場所で、地上時代の煩悩や執着、例えば食生活などの習慣を断ち切る所で、いわば浄化の世界です。
    「幽界の上層」は、何でも想いのままになる世界であるとも言えましょう。でもまだ、勝ちと負けの世界です。神智学で言う、アストラル体(感情・欲望体)の世界です。「霊界」とは、調和の世界です。自分事の欲望はなくなり、他が為にと生きる人たちの住む世界です。神智学の分類ではメンタル体(精神体)となります。「神界」とは人間段階を終えた霊が高級霊(分かりやすく言えば神様)となって、地上全体を指導したり、あるいは宇宙規模での仕事に携わったりする界です。御神体そのもので活動しますから、もう形を必要としない光の世界です。

    Q6永遠という概念とかは守護霊、指導霊にお聞きすれば教えてくれるのですね。生きている間に理解できるでしょうか。
    A6分かりません。

    Q7この世には(物質において)永遠なるものは何もないように思います。すべては変化し続けて消滅し新しい形になって現れてきます。魂が永遠であるならばその起源はあったのでしょうか。
    A7神です。真に人間である魂は、神の一員となるべく神から発出せられた神の断片です。

  • #90

    丸田 (月曜日, 18 4月 2022 01:09)

    ダイナさんありがとうございます!
    新年度で何かとお忙しいことと思います。
    自他同等一体の気持ち、私は私であると同時に他者でもあるという概念、あるいは真珠の話で説明してくださったこととか(私の意識体の存在と共に別の意識体が集まって魂の本体になっている)頭ではわかるのですが実際に実感するとなると中々難しいですね。
    動物はどうなのかとか他の植物や鉱物はどうなのかとか思ってしまいます。昔前世がわかる方に私は3億年前に岩だったと言われたことがありましてこれはどう解釈したらいいのか、、。
    疑問は次から次へと湧いてきてしまいます。
    ある人がこの地球は物質だけれど地球からある程度の距離以降はもう物質ではないのでという話をしていましたがそんなことがあるのでしょうか。月も太陽系の惑星も意識体?みたいなもので物質ではないのだと。私は望遠鏡で見える範囲は物質を見ているとばかり思っていましたが、、。(なのでその方が言うには人類は月には行けないというのです。不思議な話です)
    お分かりになる範囲でお時間のある時で構いませんので、すみません、教えていただければ幸いです。

  • #91

    ダイナ (金曜日, 22 4月 2022 14:29)

    丸田さん、承知しました。分かる範囲で回答させていただきます。お役に立つと良いのですが。
    Q1自他同等一体の気持ち、私は私であると同時に他者でもあるという概念、あるいは真珠の話で説明してくださったこととか(私の意識体の存在と共に別の意識体が集まって魂の本体になっている)頭ではわかるのですが実際に実感するとなると中々難しいですね。
    A1科学は、心は肉体脳の生化学作用によって生じ、肉体脳の消滅によって消失すると主張します。したがって心が肉体と別個に存在することを認めません。心は肉体の従属物であって、常に肉体とともに終始すると言います。この考え方からすれば、自分と他人の肉体は別個のものであるから、自分の心と他人の心も別個のものであり、互いに関連し合うことはないということになります。しかし他人の心が苦しんだり悲しんだりしているのを見ると、自分の心も苦しくなったり悲しくなったりすることがありますが、科学ではこれをどう説明するのでしょうか。というのは他人の心と自分の心が別のもので互いに関連し合うものでないとすれば、他人の心が痛んでも自分の心まで痛む理由は全くないと言うことになります。このことは自分が他人の心を傷つけた場合も同様です。なぜなら、自分の行為によって他人の心が傷ついたとしても、自分の心と他人の心が別個のものであるなら、自分の心まで痛む必要性はないからです。しかし、他人の心が痛んでいるのを見ると自分の心が痛むことがあるのは厳然とした事実です。この点についてのスピリチュアリズムの見解は、人間はすべて神と呼ばれる第一者から創造された精神的実在なのだとします。そして心はこの精神的実在の活動によって生じるものだとします。各人間すなわち各精神的実在はすべて唯一の根源者たる神から生み出されたもので、元は一つであり、したがって精神的実在の発する心も根源では一体となっているとします。この考え方からすれば、自分の心と他人の心は元々は一つのものから発せられたものなので根源ではつながっている、だから他人の心が痛むことによって自分の心が痛むのだということになります。類魂説も然りで、地上に無いものを、地上の人間が使う言葉で説明するのは非常に難しい。生まれつき目の見えない人に、虹の美しさを説明したり、また夜空のきらめく星々の例えようもない美しさを説明したりするようなものでしょう。頭ではわかっていても、実際に実感するのは難しいですよね。

    Q2動物はどうなのかとか他の植物や鉱物はどうなのかとか思ってしまいます。
    昔前世がわかる方に私は3億年前に岩だったと言われたことがありましてこれはどう解釈したらいいのか、、。
    A2動物の霊魂は群魂といって、まだ個性を持った段階ではありません。それに対して人間の場合は個霊と称するもう立派に個性を持った大人の霊です。また人間の霊魂と動物の霊魂ではその構造自体が違います。人間の霊魂は、エーテル意識・アストラル意識・メンタル意識・コーザル意識という四つの意識がそれぞれの霊体を支配しています。少し難しいですね?分かりやすく言いますと、神の性と獣の性の両面が具わった、もう一人前の霊魂を有しています。それに対して動物はエーテルとアストラル意識の二つだけで、まだ獣の性しか有しない未完成の霊魂です。神は、一人前になった人間には自由意志を与えて下さいました。そして、「あなたの意志で好きなように生きていいよ」と言ってくださいました。でも、「その代わり、あなたが間違ったことをしたら、ちゃんと責任を取ってもらうよ」とも言われました。その結果責任がカルマというわけです。それに対して、動物の場合は、まだ子供扱いということで、自由意志も与えられないけど、その代わり結果責任としてのカルマも生じないわけです。そして、動物の場合は稲荷大明神と称するような、いわゆる自然霊が動物の行動の後始末や面倒をみて下さっています。3億年前に岩だった話ですが、われわれ人間の霊魂は、神智学によれば、岩→土→コケ類→シダ類→顕花植物(花の付く植物)→低い樹木→高い樹木→小型の哺乳類動物→大型の哺乳類動物→(馬・牛・犬・猫・猿・鯨・イルカなど)→人間という進化の過程を経て成長してきたということになります。そして哺乳動物から人間に進化したときに、霊魂の中身がすっかり変わってしまうのです。それまでは例えば犬のゴールデンレトリバーなら、その犬種だけの魂が集まって「群魂」を形成していました。まだ個性を持った存在ではなかったわけです。とりあえずはその犬と同じ種類の魂たちと一緒になり、その犬種たちの魂が或る時にまとまって人間の魂へと成長していくわけです。したがって前世がわかる方の言われた3億年前に岩だったという話はこの辺りから来ていると思われます。

    Q3ある人がこの地球は物質だけれど地球からある程度の距離以降はもう物質ではないのでという話をしていましたがそんなことがあるのでしょうか。月も太陽系の惑星も意識体?みたいなもので物質ではないのだと。私は望遠鏡で見える範囲は物質を見ているとばかり思っていましたが、、。(なのでその方が言うには人類は月には行けないというのです。不思議な話です)
    A3笑、、、。この話は丸田さんの方が詳しいかと。場の量子論によれば、そのような考え方も出てくるのではと思います。仏教は昔から色即是空と教えますが、現代の物理学者は、量子力学が明らかになっていなかった時代に量子力学が説くのと同様の心理を見抜いていた古代の聖者に驚いていると思います。スピリチュアリズムは事物(物質)はすべて実体のないものであり、それらは心(精神)によって自由に作り出し変化させ消滅させることができると考えますが、この考えは現代物理学によって証明されつつあると言うことができますね。


  • #92

    丸田 (木曜日, 28 4月 2022 01:54)

    ダイナさん本当にありがとうございます。
    確かに人同士で感情がつながる、痛みがわかるということはよくあることで涙している人を見るだけで涙してしまうのはよくあることです。それを思うと人間は根っこで繋がっていると考えるのが自然かと思われます。
    目の見えない方が目の見える方から自然の素晴らしさを一生懸命説明してもらうように私も超感覚的意識のわかる方から色々教えていただけるのは興味深くて意義あることと思っています。

    人間の魂の話ですが、そうするとすべての人間は最初は岩だったということでしょうか。最初から人間の魂として存在していたわけではないのでしょうか。段階的に成長していくというお話ですが人間だった魂が動物に戻ったり植物に戻ったりということはないのでしょうか。今現在岩は岩であり昆虫は昆虫であり牛は牛でありますが時代とともにすべてこれからまた成長していくとすると人間の魂の数はどんどん増える?
    また人によっては他の星から地球にやってきた魂だとということを聞いたりしますがそれはよくあることなのかもしかしたらほとんどの人がそうなのでしょうか。地球外生命体の話にもなってきてしまいますが。

    そして最後のQ3のところですがますますわからなくなってしまいました。(笑) 量子力学では観察者によって結果が違ってくるということがありますが、、。 人類はこの体を持って他の惑星に行くことができないのなら今まで公にされてきた歴史の事実とは全く異なることになります。人類は月に行ってないのか。また太陽はものすごい高温と教えられてきましたがそうではないという方がいらっしゃいます。
    わからないことだらけです。

  • #93

    ダイナ (木曜日, 28 4月 2022 15:00)

    丸田さん質問が湧いてきますか。わたしの知り合いの中に床から落武者の霊が湧いてくる人が数人います。
    どうもそのような未浄化霊を上にあげるのがお役目のようです。(笑。では分かる範囲でお答えします。

    Q1人間の魂の話ですが、そうするとすべての人間は最初は岩だったということでしょうか。
    最初から人間の魂として存在していたわけではないのでしょうか。
    A1神智学によれば岩です。最初から人間の霊魂として存在していました。進化の過程を経て成長し、そして哺乳動物から人間に進化したときに霊魂の中身がすっかり変わってしまったと説明しています。

    Q2段階的に成長していくというお話ですが人間だった魂が動物に戻ったり植物に戻ったりということはないのでしょうか。
    A2ありません。人間が動物に戻るという世間常識は昔の坊さんたちが霊的な摂理も知らないで、ただ悪いことをしないようにという脅かしで諌めに用いたことから世間に広まったのだろうと推察できます。別の進化の過程として昆虫類から爬虫類、そして鳥を経て妖精、天使へと辿る道筋もありますがわれわれの進化系列に入り込むことはありませんし、またわれわれ人間の系列が彼らの進化の筋道に入ることもありません。

    Q3今現在岩は岩であり昆虫は昆虫であり牛は牛でありますが時代とともにすべてこれからまた成長していくとすると人間の魂の数はどんどん増える?
    A3笑。考えられますよね。

    Q4また人によっては他の星から地球にやってきた魂だとということを聞いたりしますがそれはよくあることなのかもしかしたらほとんどの人がそうなのでしょうか。地球外生命体の話にもなってきてしまいますが。
    A4あり得ますね類い希に。大谷翔平選手がそうかも?

    Q5人類はこの体を持って他の惑星に行くことができないのなら今まで公にされてきた歴史の事実とは全く異なることになります。人類は月に行ってないのか。また太陽はものすごい高温と教えられてきましたがそうではないという方がいらっしゃいます。わからないことだらけです。
    A5そこんところを明らかにすることが来世での丸田さんのお役目かも!?



  • #94

    丸田 (水曜日, 04 5月 2022 01:21)

    ありがとうございます!いつも返信が遅くなりましてすみません。
    ダイナさんのお話を伺っていると神智学がよく出てまいりますが昔読んだ記憶もあるのですが忘れてしまってまた読みなおしてみようかなと思ったりしています。またシュタイナーの本に確か宇宙の歴史のようなものが書いてあってびっくり仰天した記憶があります。細かい内容はかなり忘れてしまってます。(笑)
    ダイナさんは死後の様子に詳しいと思われますが、3次元で暮らしている者にとってはどのような状態になるのか理解しづらいですね。
    多分他の意識体と接する時は映像として見えたりするのか、見えなくても存在はわかるのだと思いますが。毎日?何をして暮らしているのか、物質のない世界でどのように過ごすのか。何に幸福感を感じながら過ごすのか。地球上では味わえない幸福感を味わうことができるとかも聞いたことがあります。死後の楽しみにとっておいてもいいのですがわかる範囲で教えていただければと思います。

  • #95

    ダイナ (日曜日, 15 5月 2022 17:57)

    丸田さん返信が遅くなりましてすみません。では少しずつ複数回に分けて、毎日?何をして暮らしているのか、物質のない世界でどのように過ごすのか。何に幸福感を感じながら過ごすのかについて書いて行こうと思います。丸田さんは美術家なので、それに沿って話していきますね。幽界の上層界(極楽・サマーランド)では、各人のやりたい趣味を思い切り叶えさせることによって、自我我欲を発散させてしまうという方針で、人々は何でも夢が叶う生活を満喫できます。でもこれはあくまでも個人的な願望の達成感で喜んでいるだけなのです。幽界よりも上の階層霊界でも、同じように趣味の生活が営まれますが、ここではその目的が幽界次元とは、ハッキリと違ってきます。幽界では自分事だけの趣味だったのに対し、霊界では同じ趣味でも他の人の役に立つ趣味、他の人を楽しませるための趣味となります。例えば霊界にも美術館があります。そして、そこには地上に存在する絵画のうち、霊界の波動に合致する絵画が収容されています。地上にあるものは、ほとんど霊界にもあると思ってよいです。もちろん残忍性のある絵画や低俗な絵でしたら霊界にはそぐわないので、そうした絵画は地獄界の美術館に収められることになります。絵画に精通している霊界の美術家は、同じ霊界人を楽しませるために素晴らしい絵を描き、それを美術館に展示してもらいますが、なかには、自分の美術的思想を地上の美術家に伝えようと一生懸命に励んでいる霊界美術家もいます。いわゆるインスピレーションによって、地上の美術家に絵のアイディアを伝えようとするのです。霊界の絵画は、色彩が非常に美しく、しかも実に調和が取れていて、おまけに絵の中からある種の光線が放射されているのだそうです。人物像も活き活きとしており遠近感もくっきりとして実際の光景そのままです。空気感の表現も完璧で、まさに地上の美術家が求めてやまない理想の絵画がそこに存在するのです。また、美術館に収容されている絵画のテーマも多岐にわたり、風景画、肖像画、劇画等なんでも揃っています。霊界とは想念の世界ですから、美術家のイメージさえ確かなものなら、そこにはイメージ通りの絵画が仕上がるということです。まず、絵の具が地上で絵を描く時のとは違うからでしょうね。地上の絵の具は物質ですから、光を表現するにしても限界があります。それに対して霊界の絵の具はもともと光の素材と言ってもいいようなものですから素晴らしい絵に仕上がるのです。絵画だけではなく、彫刻の類も陳列してあります。もちろん、彫刻の素材も自分の想念で造ります。それが大理石であれ、青銅であれすべて意のままです。また、それらは館内だけではなく、公園の中に、自然と置かれたような施設もあります。林や草原、そして噴水や小川などと組み合わされて、一種の風致地区となっているのです。美術館の次には音楽堂もあります。そして、そこには熱心な音楽家たちが集まっています。霊界には、地上で決してお耳にかかれないような素晴らしい和音もあります。ですから音楽もまた美術同様、その人のイメージ通りの演奏が出来るのです。劇場も勿論あります。そこでは地上で演じられた演劇のなかで、高尚でなおかつ優れた作品が上演されます。少しでも下らないものであったり、悪徳性があったりするものは、地獄界での上演作品に廻されます。そうかと言って、まだ霊界段階ですから、霊的に最上級の作品とは行かないようです。やはり、それぞれの階層の人たちの霊性に相当する演劇を観ることになるのですね。そして、そこには、教育という目的よりも、どちらかと言えば娯楽で劇場に行くことになるようです。こうして霊界でも趣味、娯楽が用意されているのです。丸田さん、今日はここまでということで。