物を見るということ

 

「全く近代西洋文明に接したことのない部族には、ルーベンスの絵も色班の集まりにしか

見えない。つまり西洋絵画の遠近法ですら万国共通の言語ではない。」ということを昔、

本で読みそんなものかなあと少し疑問に思っていたのですが、どうもそれは真実であるよ

うです。

ある男性の例ですが、赤ん坊の頃視力を失い、その後何十年か経て医学の進歩でやっと視

力が回復できたにもかかわらず、空間把握がうまくできなかったのです。日常生活の中の

行動に支障をきたし、結局今まで使っていた聴力を駆使しての生活にならざるを得なかっ

たというのです。

 

つまり成長の段階で物を見ながら頭の中で空間認識などの組み立て作業をしつつ物を把握

していることになるそうです。視覚は脳の働きと直結しているのです。

 

そこでちょっと話を進めて作品鑑賞という観点から考えてみることにします。つまらない

と思う作品でも、何かのきっかけで見方が変わった途端今まで感じることができなかった

もろもろの事を感じ得難いものを見つけられるようになることがあります。感動がひたひ

たと全身を駆け巡ることがあります。

 

そしてまた、美的読解力を5段階に分類しているおもしろいデータがあるのですが、ニュ

ーヨーク近代美術館の元教育長、フィリップヤノワイン氏とアメリアアレナス氏が開発し

たもので、視覚的与件を読む力(Visual Literacy)を磨くことで美術の鑑賞力=美的読解

力を高めていくプログラムにおいて作品と接する経験の深さにより分類しています。それ

によると第5段階になると、ほとんどサンプルがないということですが、予備知識がなく

とも作品を哲学的かつ自由に洞察できる人で仙人のようなミステリアスな存在だというの

です。

 

確かに、20代の頃知り合いの展覧会で見たある作品をその時はまったくおもしろいと感

じることができませんでした。でも今見たらまったく違う見方をしたことでしょう。

 

見る力はかなり鍛えることができるのだと思います。まあ仙人までには至らないとしても

脳力を鍛えて見る力をより研ぎすまし、より豊かにより柔軟性を増してしていけたらと思

うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント: 2
  • #1

    ドクター スランプ (木曜日, 13 1月 2011 08:21)


    そうですね!例の盲目のピアニスト、視力0だけど、他の全ての感覚が天才的で、見えている人達よりも判っているらしいですね。彼の行きつけの寿司屋のおやじさん言ってました。

  • #2

    丸田 (金曜日, 14 1月 2011 01:17)

    ドクタースランプさん、コメントありがとうございます!ほんと、感覚というのは信じられないくらい相当研ぎすます
    ことができるようですね。